※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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明治20年(1887) | - | 【渋沢栄一】東京製綱会社発起委員(後に取締役会長)。東京人造肥料会社創立委員(後に取締役会長)。京都織物会社創立、相談役。日本煉瓦製造会社創立・理事(後に日本煉瓦製造株式会社取締役会長)。東京ホテル創立・理事長(後に帝国ホテル株式会社取締役会長)。北海道製麻会社・相談役。〔47歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
6月7日 | 平野紡績会社設立 | 業界其他 | |
6月 | 政府職工条例を立案す | 業界其他 | |
6月 | 下野紡績所、下野紡績会社と改称す | 業界其他 | |
6月 | 小名木川綿布会社設立 | 業界其他 | |
7月 | (大阪紡績会社)支那棉調査のため社員川邨利兵衛を清国に派遣す | 当社 | |
8月25日 | (三重紡績会社)機械組立据付工師としてプラット兄弟商会のトーマス・ヴォルタ・ドランスフィルドを雇入れ、この日英国を出発、十一月二十八日本社に到着す | 当社 | |
8月 | 内外綿会社設立 | 業界其他 | |
9月 | 和歌山紡績会社設立 | 業界其他 | |
10月24日 | (三重紡績会社)英国へ出張したる技術長斎藤恒三は、注文機械の完成を見定め、紡績事業の実地研究を卒え帰朝す | 当社 | |
10月 | (大阪紡績会社)川邨利兵衛帰朝す | 当社 | |
11月6日 | (大阪紡績会社)滞英中の工務支配人山辺丈夫、新式リング竪針紡機三万錘、原動機八百馬力を購入して帰朝す | 当社 | |
12月 | (三重紡績会社)本社工場の機械据付を開始す | 当社 | |
- | 市川紡績所、渡辺紡績所と改称す | 業界其他 | |
明治21年(1888) | - | 【渋沢栄一】札幌麦酒会社創立・発起人総代(後に札幌麦酒株式会社取締役会長)。品川硝子会社設立、相談役。東京女学館開校・会計監督(後に館長)。兜町(現在の東京都中央区日本橋兜町)の新邸に転居。〔48歳〕【竜門社】出版条例の改正により『竜門雑誌』1号を改めて発行する。第1回秋季総集会を曖依村荘にて開催する。 | 渋沢関係略年譜 |
1月25日 | (三重紡績会社)臨時株主総会を開催、資本金八万円を増額し、現在株主に割当てて増募、資本総額を三十万円とすべきことを決議す | 当社 | |
1月 | 大阪撚糸会社設立 | 業界其他 | |
1月 | 東京紡績会社、鹿島紡績所を買収す | 業界其他 | |
2月1日 | (三重紡績会社)本社建築落成せしにより、四日市第一国立銀行支店構内に仮設せし創立事務所を本社構内に移転せし旨、三重県及び農商務省に上申す | 当社 | |
2月 | 姫路紡績所、姫路紡績会社と改称す | 業界其他 | |
3月9日 | 倉敷紡績所設立 | 業界其他 | |
4月1日 | (三重紡績会社)本社工場運転を始む | 当社 |