東洋レーヨン(株)『東洋レーヨン35年の歩み : 1926-1961』(1962.04)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和16年(1941) - 【渋沢敬三】全国貯蓄銀行協会会長に就任。第一銀行副頭取に就任。 渋沢関係略年譜
11月 原液着色レーヨンステープルの生産を開始する。(滋賀)
昭和17年(1942) - 【渋沢敬三】日本銀行(以下、日銀)副総裁就任、これに伴い第一銀行など辞任。 渋沢関係略年譜
2月 東洋綿(衛生綿)の生産を開始する。(滋賀)
3月9日 第2次企業整備により東洋レーヨンブロックは鐘淵紡績株式会社を加え、昭南ブロックを結成する。
4月13日 本部管理部を設置し、本部人事課は人事部となる。
10月19日 臨時株主総会において定款の一部を改正する。(代表取締役を4名以内に増員)
10月19日 取締役 伊藤与三郎 会長に就任する。
10月19日 常務取締役 山田政治、田代茂樹 代表取締役に就任する。
10月22日 当社のナイロンを「アミラン」と命名し、商標登録を申請する。
10月 第2次企業整備によリレーヨン糸設備日産28.1トン(滋賀9.1トン、愛知19,0トン)、レーヨンステープル設備日産25.6トン(滋賀9.2トン、愛知16.4トン)を供出する。
11月21日 本部紡織部を設置する。
12月26日 第34回定時株主総会において定款の一部を改正する。(会社の目的に兵器部分品関係の規定を加える)
12月 ナイロン中間工業化試験設備日産10キロを完成する。(滋賀)
12月 東洋合成テグス(「アミラン」テグス)を全国漁業連合会を通じ初めて市販する。
昭和18年(1943) - 【渋沢敬三】大東亜会議に来日のスバス・チャンドラ・ボース、約4週間綱町邸に逗留。 渋沢関係略年譜
1月 第3次企業整備によりレーヨン糸設備日産8.6トン(愛知)、レーヨンステープル設備日産1.9トン(愛知)を供出する。(これをもって愛知工場のレーヨン糸レーヨンステープル部門は全部供出)
3月16日 滋賀工場に繊維製造部、化学品部、特殊軍需部を設置する。
4月5日 「国家総動員法」に基づき商工大臣より「ポリアミド系合成繊維(ナイロン)並びに同重合物の試験研究命令」を受ける。
5月27日 兵器部分品の製作並びに組立を開始する。(滋賀)
5月27日 三井物産と共同出資のもとに航空機用潤滑油の製造を目的として三洋油脂株式会社(資本金5百万円)を設立する。(愛知工場の遊休土地建物の一部を同社に賃貸する)
5月 巻縮レーヨンステープルおよび着色巻縮レーヨンステープルの生産を開始する。(愛媛)
6月1日 本部経理課は経理部となる。
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