ニチボー(株)『ニチボー75年史』(1966.02)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和37年(1962) - 【竜門社】寄託中の日本実業史博物館準備室旧蔵資料を文部省史料館に寄贈する。  渋沢関係略年譜
1月9日 ガリオア・エロア返済に関する日米協定調印。 業界ならびに内外情勢
1月17日 (大日本紡績) 坂越工場第2工場開所式。 ニチボー関係
1月26日 (大日本紡績) 戦後第6回増資により資本金6,562,500,000円より9,843,750,000円となる。 ニチボー関係
1月29日 ガットの綿製品委員会開催、綿製品国際貿易に関する長期協定を作成(2月9日まで)。 業界ならびに内外情勢
3月1日 大阪三品取引所、昭和16年以来はじめて綿花の上場を再開。 業界ならびに内外情勢
3月5日 (大日本紡績) 坂越工場の第2工場原料仕込み式。同工場と第1工場を結ぶ宝珠山トンネル開通式。 ニチボー関係
3月 (大日本紡績) 自社製品愛用運動展開。 ニチボー関係
4月5日 (大日本紡績) マラヤ連邦ジョホールバールの合弁会社馬来亜新山紡織(T・C・M)第1回払込み(5月16日創立)。 ニチボー関係
4月19日 (大日本紡績) 坂越工場(第2工場)増設起工式。 ニチボー関係
4月20日 大阪繊維工業高校開校。 業界ならびに内外情勢
4月28日 通商産業省は綿紡操短の強化について指示し、長期・短期格納を含む一般操短率は5~6月、43.5%、特別生産のための解除限度を差引き36.5%と戦後最高となる。 業界ならびに内外情勢
5月 鉄鋼市況は戦後最悪となる。 業界ならびに内外情勢
8月10日 (大日本紡績) 坂越工場の千種川取水工事竣工。 ニチボー関係
8月26日 (大日本紡績) 九州出張所開設(34年5月16日の北海道出張とならび内地市場開発を本格化)。 ニチボー関係
9月12日 原子の火、東海村に常時ともる。 業界ならびに内外情勢
9月15日 (大日本紡績) 常務取締役嶋津孝次、訪加米経済使節団に加わる。(~10.20) ニチボー関係
10月1日 綿製品国際貿易に関する長期取決め、18ヵ国の受諾により正式発効。 業界ならびに内外情勢
10月22日 米国大統領ケネディ、ソ連のミサイル基地設置を理由にキューバへの武器禁輸のため海上封鎖を宣言(28日、ソ連首相フルシチョフはキューバより攻撃的武器の撤去を回答し11月20日、米国は海上封鎖を解く)。 業界ならびに内外情勢
10月25日 (大日本紡績) モスクワで開催の第4回世界バレーボール選手権大会に貝塚工場女子チームは全勝して日本として史上初の優勝をとげる。 ニチボー関係
10月26日 (大日本紡績) 常務取締役飯尾冨雄、訪中共経済使節団(高碕ミッション)に加わり北京に赴く。(~11.26) ニチボー関係
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