日綿実業(株)『日綿70年史』(1962.11)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治30年(1897) - 【渋沢栄一】澁澤倉庫部開業、営業主(後に澁澤倉庫株式会社発起人)。日本女子大学校創立委員会計監督(後に校長)。十勝開墾合資会社業務担当社員。広島水力電気株式会社創立、取締役会長。渋沢家洲崎養魚場開設。 〔57歳〕 渋沢関係略年譜
6月30日 第九期決算配当一割五分 当社事項
10月6日 喜多又蔵ボンベイへ帰任//ボンベイ事務所を出張所と改称 当社事項
- 綿糸輸出高初めて輸入高を越す(輸出一三、四九〇千円輸入九、六二五千円) 一般事項
- 紡機設備一二〇万錘をこえる 一般事項
明治31年(1898) - 【渋沢栄一】浅野セメント合資会社監査役。韓国視察、韓国皇帝に謁見。王子製紙株式会社取締役会長を辞す(後に相談役)。〔58歳〕 渋沢関係略年譜
6月30日 最初の政党内閣第一次大隈内閣成立 一般事項
10月 取締役社長田中市兵衛、監査役岡橋治助退任、竹尾治右衛門社長に、田中市太郎常務取締役に、阪上新治郎監査役に就任、常務取締役志方勢七平取締役となる 当社事項
11月3日 日本綿花同業会設立 一般事項
- エジプト綿初めて輸入 一般事項
明治32年(1899) - 【渋沢栄一】衆議院議員選挙法改正規制同盟会会長。福田会名誉顧問。大蔵省より株式会社北海道拓殖銀行設立委員に任命。京仁鉄道合資会社設立、取締役社長。銀行倶楽部委員。飛鳥山邸(曖依村荘)に茶室・無心庵竣工。 〔59歳〕 渋沢関係略年譜
3月9日 商法公布(六月一六日施行) 一般事項
11月12日 監査役金沢仁兵衛逝去 当社事項
明治33年(1900) - 【渋沢栄一】京釜鉄道株式会社創立委員長。日本興業銀行設立委員(後に監査役)。男爵を授けられる。黒須銀行相談役。〔60歳〕【竜門社】青淵先生の還暦祝賀として『青淵先生六十年史 一名近世実業発達史』を刊行、青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
1月 喜多ボンベイ出張員エジプト視察、エジプト綿輸入に努む 当社事項
5月15日 北清事変(義和団)勃発 一般事項
12月 熊本第九銀行の支払停止により九州一円に金融恐慌おこる 一般事項
明治34年(1901) - 【渋沢栄一】大阪瓦斯会社監査役。東京・飛鳥山邸を本邸とする。京釜鉄道株式会社取締役、後に取締役会長。茨城採炭株式会社創立、相談役。〔61歳〕 渋沢関係略年譜
1月12日 社長竹尾治右衛門退任し監査役に、田中市太郎社長に就任 当社事項
1月15日 喜多又蔵上席掛長に抜擢 当社事項
1月 関東地方に金融恐慌波及 一般事項
3月 関西地方に金融恐慌波及(五月鎮静) 一般事項
5月24日 米綿取引助長のため山田穆を米国へ派遣 当社事項
明治35年(1902) - 【渋沢栄一】合名会社中井商店顧問。清韓協会設立・幹事長。京仁鉄道合資会社取締役社長。兼子夫人同伴で欧米視察。ルーズベルト大統領と会見。〔62歳〕 渋沢関係略年譜
1月30日 日英攻守同盟条約調印 一般事項
3月25日 商業会議所法公布(七月一日施行) 一般事項
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