日綿実業(株)『日綿70年史』(1962.11)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治41年(1908) - 【渋沢栄一】日韓瓦斯株式会社創立、取締役会長。帝国商業銀行相談役。東洋拓殖株式会社設立委員。木曾興業株式会社創立、相談役。アメリカ太平洋沿岸商業会議所代表委員一行を飛鳥山邸(曖依村荘)に招待。〔68歳〕 渋沢関係略年譜
9月 上海支店の大欠損発表(七八二、六九〇円七八) 当社事項
11月16日 田中市兵衛再び社長に、志方勢七常務取締役に就任、監査役竹尾治右衛門退任し取締役に就任 当社事項
明治42年(1909) - 【渋沢栄一】古稀に際し多くの企業・団体の役員を辞任。渡米実業団を組織し団長として渡米。タフト大統領と会見。〔69歳〕【竜門社】組織を変更し、社則を改正。青淵先生の道徳経済合一説を広め実践する団体に性格を変える。 渋沢関係略年譜
6月7日 漢口第三工場(綿実製粕工場)及び付属倉庫二棟全焼 当社事項
10月 喜多支配人日本綿花同業会会長に就任 当社事項
11月14日 大阪市北区中之島二丁目一〇番地新事務所に移転 当社事項
- 綿布輸出額初めて輸入額をこす(輸出一七、六七二千円輸入一四、九〇七千円) 一般事項
明治43年(1910) - 【渋沢栄一】政府諮問機関の生産調査会創立・副会長。社団法人東京銀行集会所会長。〔70歳〕【竜門社】青淵先生の七十寿祝賀会を開催する。 渋沢関係略年譜
1月14日 取締役野田吉兵衛逝去 当社事項
7月25日 社長田中市兵衛逝去 当社事項
8月29日 日韓条約公布(朝鮮と改称) 一般事項
9月14日 志方勢七社長に就任 当社事項
9月 米国テキサス州フォートウォース市に出張所開設 当社事項
10月1日 喜多又蔵常務取締役に、山田穆取締役に、野田直蔵監査役に就任 当社事項
明治44年(1911) - 【渋沢栄一】日露協会評議員。維新史料編纂会委員。財団法人済生会設立、顧問・評議員。勲一等に叙され瑞宝章を授与される。〔71歳〕 渋沢関係略年譜
1月20日 監査役阪上新治郎退任、南郷三郎監査役に就任 当社事項
3月10日 監査役野田直蔵退任 当社事項
3月 福紡株事件おこる 当社事項
5月9日 喜多常務華中、華北、満州及び朝鮮視察(六月一七日帰阪) 当社事項
9月20日 青島出張所開設 当社事項
10月1日 天津出張所開設 当社事項
10月10日 辛亥革命により上海、漢口支店及び工場戦禍をうく 当社事項
10月10日 辛亥革命武昌におこる 一般事項
PAGE TOP