日清紡績(株)『日清紡績六十年史』(1969.12)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治41年(1908) - 【渋沢栄一】日韓瓦斯株式会社創立、取締役会長。帝国商業銀行相談役。東洋拓殖株式会社設立委員。木曾興業株式会社創立、相談役。アメリカ太平洋沿岸商業会議所代表委員一行を飛鳥山邸(曖依村荘)に招待。〔68歳〕 渋沢関係略年譜
3月 紡績聯合会、綿糸の景品付輸出奨励を実施(中国側商人のボイコットにあい失敗、42年1月より奨励金制度に変更) 業界
5月 株式市価最低、以後回復に向かう 一般情勢
6月17日 綿入式挙行 当社
7月 第二次桂内閣成立 一般情勢
11月 清国の門戸開放、機会均等に関する日米協約(高平・ルート協定)成立 一般情勢
- (是年)外国貿易は輸入超過を続く//景気まったく沈滞し、財界救済運動激化 一般情勢
明治42年(1909) - 【渋沢栄一】古稀に際し多くの企業・団体の役員を辞任。渡米実業団を組織し団長として渡米。タフト大統領と会見。〔69歳〕【竜門社】組織を変更し、社則を改正。青淵先生の道徳経済合一説を広め実践する団体に性格を変える。 渋沢関係略年譜
1月 三品取引所、綿糸標準格付売買実施 業界
2月23日 大阪株式取引所で当社株式の定期売買開始 当社
5月11日 紡機五万〇、九二八錘全運転開始 当社
5月16日 開業式挙行 当社
10月 伊藤博文暗殺さる 一般情勢
12月7日 第二回株式払込金五〇万円徴収、払込資本金三〇〇万円となる 当社
- (是年)綿布の輸出額、輸入額を凌駕//日本綿糸布、満州市場から英米品を駆逐 業界
- (是年)米、恐慌から回復 一般情勢
明治43年(1910) - 【渋沢栄一】政府諮問機関の生産調査会創立・副会長。社団法人東京銀行集会所会長。〔70歳〕【竜門社】青淵先生の七十寿祝賀会を開催する。 渋沢関係略年譜
1月 紡績聯合会、「工場法」案に対して深夜業廃止反対を決議 業界
2月6日 帝国製糸株式会社京都工場(一万二、八七六錘)を買収、京都工場とする 当社
2月 内外綿、上海工場建設開始 業界
3月9日 第三回株式払込金五〇万円徴収、払込資本金三五〇万円となる 当社
4月2日 臨時株主総会開催//取締役会長平沼専蔵退任//専務取締役福沢桃介退任//日比谷平左衛門、相談役を辞し、取締役会長に就任//相談役前川太郎兵衛退任//大倉喜八郎、相談役に就任 当社
4月 「改正関税定率法」公布(関税自主権の確立) 一般情勢
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