日東紡績(株)『回顧参拾年』(1953.04)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
嘉永6年(1853) 6月 米使ペリー浦賀に来航 重要事項
安政2年(1855) - 機械紡績の綿糸、琉球を経て初めて我国に入る。 一般繊維関係
安政6年(1859) 6月 横浜開港 重要事項
文久元年(1861) - 【渋沢栄一】春、江戸に出て、海保漁村塾・千葉栄次郎道場に学ぶ。〔21歳〕 渋沢関係略年譜
- 幕府、仏国に蚕紙数万枚贈る。それが返礼として仏国より名馬26頭贈らる。 重要事項
文久2年(1862) - 伊勢室山伊藤小左衛門工女2名を雇い手繰製糸をす。 一般繊維関係
慶応元年(1865) - 【渋沢栄一】一橋家歩兵取立御用掛を命ぜられ領内を巡歴。〔25歳〕 渋沢関係略年譜
5月 横浜鈴木保兵衛等蚕卵紙の輸出許可を得。 一般繊維関係
11月 老中松平周防守より生糸蚕種取締に付布達。 一般繊維関係
- 薩摩藩、英国プラツト社に紡績機械を注文す。 一般繊維関係
慶応2年(1869) - 【渋沢栄一】静岡藩に「商法会所」設立。明治政府に仕え、民部省租税正となる。民部省改正掛掛長を兼ねる。〔29歳〕 渋沢関係略年譜
7月 官制改革 重要事項
12月 東京横浜間電信開通 重要事項
明治3年(1870) - 【渋沢栄一】官営富岡製糸場設置主任となる。〔30歳〕 渋沢関係略年譜
2月 官命により洋式製糸工場(富岡)を起すべく、大蔵少輔伊藤博文、租税正渋沢栄一、仏人ブリューナー傭聘の契約をなす。 一般繊維関係
明治5年(1872) - 【渋沢栄一】大蔵少輔事務取扱。抄紙会社設立出願。〔32歳〕 渋沢関係略年譜
4月 東京大阪間電話開通 重要事項
5月 品川横浜間汽車開通 重要事項
6月 東京横浜間郵便実施 重要事項
9月 新橋横浜間汽車開通 重要事項
明治10年(1877) - 【渋沢栄一】択善会創立(後に東京銀行集会所・会長)。王子西ヶ原に別荘を建てはじめる。〔37歳〕 渋沢関係略年譜
- 蚕卵紙空前の不振。横浜在荷堆積158万余枚、当業者横浜公園で31万余枚を竹箆にて摺落す 一般繊維関係
明治11年(1878) - 【渋沢栄一】東京商法会議所創立・会頭(後に東京商業会議所・会頭)。〔38歳〕 渋沢関係略年譜
- 片倉兼太郎等天竜川畔に32人繰の洋式機械垣外製糸場創設(片倉製糸の濫觴) 日東紡績の成長
明治15年(1882) - 【渋沢栄一】大阪紡績会社創立。ちよ夫人死去。〔42歳〕 渋沢関係略年譜
6月 日本銀行条令制定〔政府からの資本主義の育成〕 重要事項
10月 紡績聯合会創立、紡績工場官私立17、錘数41,000 一般繊維関係
明治16年(1883) - 【渋沢栄一】大阪紡績会社工場落成・発起人(後に相談役)。伊藤かねと再婚。〔43歳〕 渋沢関係略年譜
- 大阪紡績会社工場竣成(ミユール10,500錘) 一般繊維関係
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