日本綿花(株)『日本綿花株式会社五十年史』(1943.09)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和17年(1942) - 【渋沢敬三】日本銀行(以下、日銀)副総裁就任、これに伴い第一銀行など辞任。 渋沢関係略年譜
5月13日 潮崎社長及び社員木下武夫乗船長崎丸爆沈せしも難を免る
6月9日 常任監査役平野珪蔵氏辞任
6月29日 安仲安司氏常任監査役に就任
8月20日 北米及中南米在留社員十一名日米抑留者交換船にて帰朝
9月10日 臨時株主総会に於て七百二十五万円増資(資本金一千二百五十万円を二千万円に)を決議す
9月10日 新京、哈爾浜、北京、張家口、広東、香港、河内、西貢、盤谷、スラバヤ、バタビヤ出張所を支店とす
9月27日 蘭貢、甲谷陀、孟買支店在留針員八名日英抑留者交換船にて帰朝
10月9日 南洋、濠洲方面在留社員三名日英抑留者交換船にて帰朝
11月15日 我社創立五十周年記念事業の一として物故役員及社員の慰霊追悼法会を大阪市四天王寺本坊に於て執行す
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