(社)日本綿業倶楽部『本邦綿糸紡績史. 第2巻』(1937.09)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治13年(1880) - 【渋沢栄一】博愛社社員(後に日本赤十字社常議員)。〔40歳〕 渋沢関係略年譜
- 桑原紡績器械代金三ケ年賦許可
- 愛知紡績所建築落成
- 綿糖共進会開く
- 岡山紡績工場落成
- 豊井紡績紡機払下出願
- 山辺丈夫氏帰朝
- 三重紡績所紡機到着
明治14年(1881) - 【渋沢栄一】ハワイ国皇帝ディヴィド・カラカウァ飛鳥山訪問。東京大学より文学部「日本財政論」の講師を嘱託される。〔41歳〕 渋沢関係略年譜
- 愛知紡績所開業
- 桑原紡績株券発行
- 岡山紡績開業式を挙ぐ
- 椿本伊作氏豊井紡績を退き前川氏代はる
- 三重紡績所敷地川嶋に決定
明治15年(1882) - 【渋沢栄一】大阪紡績会社創立。千代夫人死去。〔42歳〕 渋沢関係略年譜
- 桑原紡績落成
- 豊井紡績チンローラー流失
- 大阪紡績三軒家工場落成
- 伊藤小左衛門氏三重紡を退く
- 大阪紡績設立出願
- 三重紡績所開業
- 岡田令高氏紡績聯合会を開設す
明治16年(1883) - 【渋沢栄一】大阪紡績会社相談役、同社工場落成。 東京電燈会社創立(後に委員)。伊藤兼子(かね子)と再婚。〔43歳〕 渋沢関係略年譜
- 広嶋綿糸紡績工場落成
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