※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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大正10年(1921) | - | 【渋沢栄一】ワシントン軍縮会議実況視察のため渡米。ハーディング大統領と会見。〔81歳〕【渋沢敬三】東京帝大経済学部卒業。横浜正金銀行へ入行。 | 渋沢関係略年譜 |
3月 | 金森洋紙店の要請により大倉洋紙店が出資し、名古屋市西区に(資)金森洋紙店を設立 | 愛知 | |
12月 | 創業者大倉孫兵衛死去、78歳 | 大倉 | |
大正11年(1922) | - | 【渋沢栄一】小畑久五郎翻訳、栄一序文『アンドルー・カーネギー自伝』冨山房より刊行。日仏協会会頭。アルメニア難民救済委員会委員長。〔82歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行ロンドン支店転任。 | 渋沢関係略年譜 |
3月 | 製紙12社、10%の生産制限を実施 | 紙業界・一般社会 | |
3月 | 上野公園で平和記念東京大博覧会開幕 | 紙業界・一般社会 | |
7月 | 「洋紙二十五年史」刊行 | 博進社 | |
9月 | (資)丸大洋紙店創立 | 紙業界・一般社会 | |
11月 | 社長山本留次、東京紙商同業組合の組合長に就任 | 博進社 | |
12月 | 関連事項 日本紙糸紡績(株)を小田原製紙(株)と改称 | 大倉 | |
- | (資)金森洋紙店、本店を名古屋市東区に移転 | 愛知 | |
大正12年(1923) | - | 【渋沢栄一】日本無線電信株式会社創立委員。大震災善後会創立・副会長、帝都復興審議会委員。〔83歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
9月1日 | 関東大震災 | 紙業界・一般社会 | |
9月 | 関東大震災による被害甚大 | 大倉 | |
9月 | 震災により社屋、倉庫、商品共に灰塵に帰す(仮事務所、本郷弓町) | 博進社 | |
10月 | 神戸支店開設 | 博進社 | |
12月 | 大文洋行解散、大倉邦彦の個人経営とす | 大倉 | |
12月 | 日本加工製紙十条工場操業開始 | 紙業界・一般社会 | |
大正13年(1924) | - | 【渋沢栄一】財団法人日仏会館創立・理事長。東京女学館・館長。〔84歳〕【竜門社】財団法人竜門社となる。 | 渋沢関係略年譜 |
11月 | (株)大同洋紙店創立 | 紙業界・一般社会 | |
- | 関連事項 大倉邦彦による精神文化研究所設立の構想成る | 大倉 | |
大正14年(1925) | - | 【渋沢栄一】製鉄鋼調査会委員。史籍協会評議員。浅草寺臨時営繕局顧問。日本無線電信株式会社設立委員長。飛鳥山邸(曖依村荘)に青淵文庫竣工、傘寿と子爵昇格の祝いを兼ねて竜門社より贈られる。〔85歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行退職。 | 渋沢関係略年譜 |
3月 | 商号を(資)愛知洋紙店と改称 | 愛知 | |
3月 | ラジオ放送開始(芝、愛宕山) | 紙業界・一般社会 | |
11月 | 日本紙業(株)創立 | 紙業界・一般社会 |