※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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明治4年(1871) | - | 【渋沢栄一】大蔵省紙幣頭となる。神田小川町裏神保小路(現在の東京都千代田区神田神保町)に転居。『立会略則』刊行。〔31歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
5月10日 | 新貨条例公布(1両を1円に) | 一般事項 | |
7月14日 | 廃藩置県 | 一般事項 | |
10月8日 | 岩倉使節団米へ派遣 | 一般事項 | |
- | 米でアルバート・L・ジョーンズがガラス製品に紙製緩衝材「繰りっ放し」(紙に段を付けたもの)を使用 | 業界事項 | |
明治5年(1872) | - | 【渋沢栄一】大蔵少輔事務取扱。抄紙会社設立出願。〔32歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
9月12日 | 新橋・横浜間鉄道開業 | 一般事項 | |
明治6年(1873) | - | 【渋沢栄一】抄紙会社創立(後に王子製紙株式会社取締役会長)。大蔵省を辞める。海運橋兜町(現在の東京都中央区日本橋兜町)に転居。第一国立銀行創立・総監役。〔33歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
1月1日 | 太陽暦実施 | 一般事項 | |
2月 | 抄紙会社創立(明治26.10王子製紙(株)に改称) | 業界事項 | |
6月11日 | 第一国立銀行設立 | 一般事項 | |
明治7年(1874) | - | 【渋沢栄一】東京府知事より東京会議所共有金取締を嘱託される(後に東京会議所会頭)。〔34歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
5月11日 | 大阪・神戸間鉄道開業 | 一般事項 | |
- | 米でオリバー・ロングが「片面段ボール」を開発 | 業界事項 | |
明治8年(1875) | - | 【渋沢栄一】第一国立銀行頭取(後に株式会社第一銀行頭取)。商法講習所創立を支援。〔35歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
4月14日 | 漸次立憲政体を立てるとの詔勅出る | 一般事項 | |
6月20日 | 第1回地方官会議開催(~7.17閉会) | 一般事項 | |
7月5日 | 元老院開院 | 一般事項 | |
- | 米でトムソン&ノリス社が段ボール事業を興す | 業界事項 | |
- | 米でロバート・ゲイヤー社がA型(標準型)段ボール箱を開発 | 業界事項 | |
明治9年(1876) | - | 【渋沢栄一】東京府瓦斯局事務長。養育院事務長。深川福住町(現在の東京都江東区永代)に転居。〔36歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
7月1日 | 三井銀行開業(初の私立銀行) | 一般事項 | |
明治10年(1877) | - | 【渋沢栄一】択善会創立(後に東京銀行集会所・会長)。王子西ヶ原に別荘を建てはじめる。〔37歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
2月15日 | 西南戦争起こる(~9.24終わる) | 一般事項 | |
明治11年(1878) | - | 【渋沢栄一】東京商法会議所創立・会頭(後に東京商業会議所・会頭)。〔38歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
6月1日 | 東京株式取引所開業 | 一般事項 | |
明治12年(1879) | - | 【渋沢栄一】東京海上保険会社創立。北豊島郡西ケ原村(現在の東京都北区西ケ原)に別荘(飛鳥山邸、翌年曖依村荘と命名)を構える。グラント将軍(元アメリカ大統領)歓迎会(東京接待委員総代)。養育院院長。〔39歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
4月 | 印刷局、日本最初の国産円網抄紙機運転 | 業界事項 | |
- | エジソン白熱電灯を発明 | 一般事項 |