レンゴー(株)『レンゴー株式会社八十年史 : 1909-1989』(1995.04)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
大正10年(1921) - 【渋沢栄一】排日問題善後策を講ずるため渡米。ハーディング大統領と会見。〔81歳〕【渋沢敬三】東京帝大経済学部卒業。横浜正金銀行へ入行。 渋沢関係略年譜
12月13日 上記会議[ワシントン会議]で日英米仏4カ国条約調印(太平洋方面島嶼の紛争処理)、日英同盟廃棄(明治35以来の英依存路線の冷却化~日本の国際的孤立の一起点) 一般事項
大正11年(1922) - 【渋沢栄一】小畑久五郎翻訳、栄一序文『アンドルー・カーネギー自伝』冨山房より刊行。日仏協会会頭。〔82歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行ロンドン支店転任。 渋沢関係略年譜
2月6日 ワシントン会議で5カ国海軍軍縮条約調印 一般事項
11月6日 東京第二工場を東京工場の南隣に新設し、東京工場を東京第一工場に改称 社内関係事項
12月30日 ソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)成立 一般事項
- (この頃)米でクラフトライナー抄造 業界事項
大正12年(1923) - 【渋沢栄一】日本無線電信株式会社創立委員。大震災善後会創立・副会長、帝都復興審議会委員。〔83歳〕 渋沢関係略年譜
4月17日 大阪工場を大阪府東成《ひがしなり》郡天王寺村大字天王寺字北国分寺167番地(現・大阪市西成《にしなり》区山王《さんのう》1丁目6番地)に新設し移転、独・ミューラー社製両面段ボール機械を設置 社内関係事項
5月25日 井上貞治郎常務、専務に就任 社内関係事項
7月30日 日本製紙(株)(大阪府西成郡千船町《ちぶねちょう》佃《つくだ》701番地=現・大阪市西淀川区佃7丁目1番60号)を吸収合併し千船《ちぶね》工場とする 社内関係事項
7月30日 大阪支社を千船工場内に置く 社内関係事項
9月1日 関東大震災で本社と東京第一・東京第二・日暮里の3工場焼失、損害約30万円 社内関係事項
9月1日 本社事務を川崎工場に移転して執る、日暮里工場を閉鎖 社内関係事項
9月1日 関東大震災(復興対策として9.7支払猶予令公布、9.27震災手形割引損失補償令公布) 一般事項
11月26日 資本金220万円に増資 社内関係事項
- (春)段ボール箱を「パッキングケース」と称して宣伝 社内関係事項
- 二見商会、合資会社に改組(昭和17株式会社に改組、20.6戦災、23二見貿易(株)として再興、二見昇は大正13.1逝去し河口明が後継) 業界事項
大正13年(1924) - 【渋沢栄一】日仏会館開館・理事長。東京女学館・館長。〔84歳〕【竜門社】財団法人竜門社となる。 渋沢関係略年譜
3月25日 本社・東京工場の仮建築竣工 社内関係事項
4月14日 本社事務を東京市本所区太平町に戻して執る 社内関係事項
5月31日 年間売上高100万円を超える(12/6~13/5 118万円) 社内関係事項
5月 規格箱「ストックケース」を発売 社内関係事項
6月 大阪包装協会創設 業界事項
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