※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
---|---|---|---|
大正9年(1920) | - | 【渋沢栄一】社団法人国際聯盟協会創立・会長。日華実業協会創立、会長。子爵を授けられる。〔80歳〕【竜門社】青淵先生八十寿及び子爵へ陞爵の祝賀会を開催し、記念として青淵文庫を青淵先生に贈呈する。 | 渋沢関係略年譜 |
6月 | 晒粉連合会結成 | 参考 | |
7月10日 | 日銀の救済融資開始 | 参考 | |
8月 | 石鹸工場操業(p44) | 当社 | |
大正10年(1921) | - | 【渋沢栄一】ワシントン軍縮会議実況視察のため渡米。ハーディング大統領と会見。〔81歳〕【渋沢敬三】東京帝大経済学部卒業。横浜正金銀行へ入行。 | 渋沢関係略年譜 |
3月 | 合成塩酸研究に着手(p45) | 当社 | |
6月7日 | ビリター・ジーメンス式の特許専用権共有の件許可 | 当社 | |
- | 藁パルプ研究に着手(p60) | 当社 | |
大正11年(1922) | - | 【渋沢栄一】小畑久五郎翻訳、栄一序文『アンドルー・カーネギー自伝』冨山房より刊行。日仏協会会頭。アルメニア難民救済委員会委員長。〔82歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行ロンドン支店転任。 | 渋沢関係略年譜 |
2月6日 | ワシントン軍縮会議で海軍軍縮条約調印 | 参考 | |
6月22日 | 政府財政緊縮声明を発表 | 参考 | |
10月 | 塩酸工場完成(p45) | 当社 | |
11月 | 塩酸の製造開始(p45) | 当社 | |
大正12年(1923) | - | 【渋沢栄一】日本無線電信株式会社創立委員。大震災善後会創立・副会長、帝都復興審議会委員。〔83歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
4月1日 | 尾久村は尾久町に昇格 | 参考 | |
8月25日 | 荒川放水路工事完成 | 参考 | |
9月1日 | 関東大震災により被害(p47) | 当社 | |
9月1日 | 関東大震災勃発 | 参考 | |
9月7日 | モラトリアム令、治安維持令、暴利取締令等公布 | 参考 | |
大正13年(1924) | - | 【渋沢栄一】財団法人日仏会館創立・理事長。東京女学館・館長。〔84歳〕【竜門社】財団法人竜門社となる。 | 渋沢関係略年譜 |
5月5日 | 旧東亜石鹸会社名古屋工場を買収(p62) | 当社 | |
10月10日 | 尾久工場消火栓完成 | 当社 | |
大正14年(1925) | - | 【渋沢栄一】製鉄鋼調査会委員。史籍協会評議員。浅草寺臨時営繕局顧問。日本無線電信株式会社設立委員長。飛鳥山邸(曖依村荘)に青淵文庫竣工、傘寿と子爵昇格の祝いを兼ねて竜門社より贈られる。〔85歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行退職。 | 渋沢関係略年譜 |
3月29日 | 普通選挙法成立 | 参考 | |
4月1日 | 農商務省が農林省と商工省とに分離 | 参考 | |
5月31日 | 古河電工から大井農薬工場を譲受(p62) | 当社 |