日立化成工業(株)『日立化成工業社史』(1982.12)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治41年(1908) - 【渋沢栄一】日韓瓦斯株式会社創立、取締役会長。帝国商業銀行相談役。東洋拓殖株式会社設立委員。木曾興業株式会社創立、相談役。アメリカ太平洋沿岸実業家一行招待。〔68歳〕 渋沢関係略年譜
- 久原鉱業所日立鉱山の工作課修理工場として、後の(株)日立製作所、電気機械の修理を開始 明治41年から当社設立まで・社内事項
- 日立鉱山の余剰電力を使用してカーバイドの試作製造研究を開始 明治41年から当社設立まで・社内事項
明治43年(1910) - 【渋沢栄一】政府諮問機関の生産調査会創立・副会長。社団法人東京銀行集会所会長。〔70歳〕【竜門社】青淵先生の七十寿祝賀会を開催する。 渋沢関係略年譜
11月 日立製作所創業(茨城県日立村宮田芝内に新工場を建設) 明治41年から当社設立まで・社内事項
明治44年(1911) - 【渋沢栄一】日露協会評議員。維新史料編纂会委員。財団法人済生会設立、顧問・評議員。勲一等に叙し瑞宝章を授与される。〔71歳〕 渋沢関係略年譜
1月 日立製作所、変圧器、電動機などの電気機械の本格的製造を開始 明治41年から当社設立まで・社内事項
3月30日 電気事業法公布 明治41年から当社設立まで・社外事項
10月10日 辛亥革命 明治41年から当社設立まで・社外事項
明治45年(1912) - 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。帰一協会成立。〔72歳〕 渋沢関係略年譜
1月1日 中華民国成立 明治41年から当社設立まで・社外事項
7月29日 明治天皇崩御、大正と改元(30日) 明治41年から当社設立まで・社外事項
8月 カーバイド工場の一隅で電気絶縁材料(油性ワニス)の試作研究を開始(当社の源流) 明治41年から当社設立まで・社内事項
- この年、米価暴騰 明治41年から当社設立まで・社外事項
大正元年(1912) - 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。帰一協会成立。〔72歳〕 渋沢関係略年譜
12月 日立鉱山、活況を呈し、電力不足となりカーバイドの製造を完全停止 明治41年から当社設立まで・社内事項
大正3年(1914) - 【渋沢栄一】東北九州災害救済会創立、副総裁。合資会社国際通信社設立、相談役。日中経済界の提携のため中国訪問。財団法人国産奨励会設立準備委員総代、顧問。〔74歳〕 渋沢関係略年譜
3月 小型国産乗用車の先駆、改進社DAT1号を発表 明治41年から当社設立まで・社外事項
7月28日 第1次世界大戦勃発 明治41年から当社設立まで・社外事項
7月 黄色加熱乾燥コイルワニス「A号ワニス」(販売名「日立3号ワニス」W‐28相当品)完成 明治41年から当社設立まで・社内事項
7月 マスチックベースの塗料を使用してマイカペーパーを試作 明治41年から当社設立まで・社内事項
8月23日 日本参戦 明治41年から当社設立まで・社外事項
10月 黒色空気乾燥仕上げワニス「B号ワニス」(販売名「日立1号ワニス」W‐10相当品)完成 明治41年から当社設立まで・社内事項
大正4年(1915) - 【渋沢栄一】帝国蚕糸株式会社相談役。渋沢同族株式会社設立、社長は敬三。パナマ運河開通博覧会のため渡米。ウイルソン大統領と会見。〔75歳〕【渋沢敬三】渋沢同族株式会社設立、同社長就任。 渋沢関係略年譜
1月 瀝青系硬質充填用コンパウンド「A号コンパウンド」(販売名「日立3号コンパウンド」K‐32相当品)完成 明治41年から当社設立まで・社内事項
3月 東京―猪苗代間225kmを115kV高圧送電開始 明治41年から当社設立まで・社外事項
8月 絶縁ワニス、ほぼ自給の域に達し、山手工場内にワニス工場を移転し、本格的生産を開始 明治41年から当社設立まで・社内事項
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