石津製薬(株)『石津回顧八十年. 続編』(1965.05)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
大正12年(1923) - 【渋沢栄一】日本無線電信株式会社創立委員。大震災善後会創立・副会長、帝都復興審議会委員。〔83歳〕 渋沢関係略年譜
4月30日 石津作次郎個人経営を法人組織に変更し本社営業所を大阪市東区道修町二丁目二十六番地に設置
- 株式会社石津作商店創立工場は大阪市北区新喜多町五番地に継承
大正13年(1924) - 【渋沢栄一】日仏会館開館・理事長。東京女学館・館長。〔84歳〕【竜門社】財団法人竜門社となる。 渋沢関係略年譜
7月 当代作次郎欧州の薬学薬業視察のため渡欧
大正14年(1925) - 【渋沢栄一】製鉄鋼調査会委員。史籍協会評議員。浅草寺臨時営繕局顧問。〔85歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行退職。 渋沢関係略年譜
3月 欧州より帰朝
12月 大阪薬種卸商組合監事
12月 「欧羅巴の旅」四六判五〇〇頁を京都内外出版株式会社より出版
大正15年(1926) - 【渋沢栄一】日本太平洋問題調査会創立・評議員会長。日本放送協会創立・顧問。〔86歳〕【渋沢敬三】澁澤倉庫取締役に就任。第一銀行取締役に就任。東京貯蓄銀行取締役に就任。 渋沢関係略年譜
1月 摂政宮殿下、北白川宮殿下、東久邇宮殿下に「欧羅巴の旅」を献上御嘉納あらせらる
昭和5年(1930) - 【渋沢栄一】明治神宮外苑聖徳記念絵画館に壁画献納。〔90歳〕 渋沢関係略年譜
3月 大阪血液型研究所創立―月刊雑誌「血液型研究」創刊
昭和8年(1933) - 【竜門社】青淵先生の遺言により渋沢家から曖依村荘を受贈する。財団法人渋沢青淵翁記念会が東京・常盤橋公園に青淵先生の銅像を建てる。 渋沢関係略年譜
11月 第十八回日本学術協会に於て新血液型MNの四十七家族の家族遺伝の実験報告第一報を講演
昭和9年(1934) - 【渋沢敬三】日本民族学会理事就任。 渋沢関係略年譜
- 月刊雑誌「舎密」創刊
昭和10年(1935) - 【渋沢敬三】日本女子大学評議員就任。 渋沢関係略年譜
- 大阪薬種卸商組合副組長
昭和11年(1936) - 【竜門社】第二次青淵先生伝記資料編纂事業を開始する。 渋沢関係略年譜
4月23日 大阪市学校薬剤師
11月27日 大阪市旭区鶴見町六四〇ノ一 土地壱千百七拾坪工場敷地買収登記
昭和12年(1937) - 【竜門社】財団法人渋沢青淵翁記念会が、小畑久五郎著“An Interpretation of the Life of Viscount Shibusawa”を刊行する。 渋沢関係略年譜
10月6日 大阪市旭区鶴見町六百十二番地ノ一土地八拾参坪、工場敷地追加買収登記
昭和13年(1938) - 【渋沢敬三】国民貯蓄奨励委員会委員。 渋沢関係略年譜
2月11日 大阪市旭区鶴見町工場地鎮祭執行、新築移転本日に及ぶ
12月10日 道修町二丁目町会長
昭和14年(1939) - 【竜門社】財団法人渋沢青淵翁記念会と共催で「青淵先生生誕百年記念祭」を挙行する。日本実業史博物館建設地鎮祭を挙行する。 渋沢関係略年譜
2月29日 第一回増資
6月1日 内閣より国勢調査委員
7月23日 大阪市城東区鶴見町六百卅五番地、製薬工場新築落成、敷地壱千弐百五拾参坪建物拾四棟建延坪参百廿参坪五弐
昭和15年(1940) - 【竜門社】第100回会員総会並に記念展観を開催する。 渋沢関係略年譜
5月31日 鶴見町工場参棟保存登記
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