三共(株)『三共九十年史』(1990.04)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治27年(1894) - 【渋沢栄一】東京瓦斯株式会社取締役会長。東京海上保険株式会社取締役。北越鉄道株式会社創立発起人。札幌麦酒株式会社取締役会長。 渋沢関係略年譜
- 高峰譲吉、アメリカで麹菌から強力消化酵素「タカヂアスターゼ」を発見し、特許権を取得 内外事項
明治30年(1897) - 【渋沢栄一】澁澤倉庫部開業、営業主(後に澁澤倉庫株式会社発起人)。日本女子大学校創立委員会計監督(後に校長)。十勝開墾合資会社業務担当社員。広島水力電気株式会社創立、取締役会長。渋沢家洲崎養魚場開設。 〔57歳〕 渋沢関係略年譜
- アメリカのパーク・デービス社は、高峰譲吉から、日本を除く世界各国に対するタカヂアスターゼの販売権を得て、販売を開始 内外事項
明治32年(1899) - 【渋沢栄一】衆議院議員選挙法改正規制同盟会会長。福田会名誉顧問。大蔵省より株式会社北海道拓殖銀行設立委員に任命。京仁鉄道合資会社設立、取締役社長。銀行倶楽部委員。飛鳥山邸(曖依村荘)に茶室・無心庵竣工。 〔59歳〕 渋沢関係略年譜
3月2日 特許法、意匠法、商標法公布 内外事項
3月9日 商法修正法公布 内外事項
3月 ―商店時代― 匿名合資・三共商店(資本金3000円、店主=塩原又策、出資者=塩原又策、西村庄太郎、福井源次郎の三名がそれぞれ1000円を出資、所在地=横浜市弁天通一丁目 横浜刺繍株式会社内)を設立し、タカヂアスターゼの輸入試売を開始―三共の創業 当社のあゆみ
- 高峰譲吉、工学博士の学位をうける 内外事項
明治33年(1900) - 【渋沢栄一】京釜鉄道株式会社創立委員長。日本興業銀行設立委員(後に監査役)。男爵を授けられる。黒須銀行相談役。〔60歳〕【竜門社】青淵先生の還暦祝賀として『青淵先生六十年史 一名近世実業発達史』を刊行、青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
- 出資者西村庄太郎、福井源次郎から社業を一任され、塩原又策の専業となる 当社のあゆみ
- 高峰博士、アメリカで副腎の有効成分「アドレナリン結晶」の抽出に成功(協力者・上中啓三) 内外事項
明治34年(1901) - 【渋沢栄一】大阪瓦斯会社監査役。東京・飛鳥山邸を本邸とする。京釜鉄道株式会社取締役、後に取締役会長。茨城採炭株式会社創立、相談役。〔61歳〕 渋沢関係略年譜
- 高峰博士、アメリカのジョンズ・ホプキンズ大学で「アドレナリン」の学術研究を発表、絶賛を博す 内外事項
明治35年(1902) - 【渋沢栄一】合名会社中井商店顧問。清韓協会設立・幹事長。京仁鉄道合資会社取締役社長。兼子夫人同伴で欧米視察。ルーズベルト大統領と会見。〔62歳〕 渋沢関係略年譜
1月30日 日英同盟協約調印 内外事項
- 三共商店薬品部を開設し、横浜から移転(東京市日本橋区南茅場町) 当社のあゆみ
- 高峰博士、アメリカから一時帰国。塩原又策は、博士から正式にタカヂアスターゼの日本での販売権の許諾を得る 当社のあゆみ
- 高峰博士発見の塩化アドレナリンを製品名塩化アドリナリンと定め、輸入発売を開始 当社のあゆみ
- 高峰博士の推挙で、アメリカのパーク・デービス社の日本総代理店となり、同社製品の輸入販売を開始 当社のあゆみ
- 高峰博士の仲介で、アメリカのアーサー・コルトン社と特約し、同社の錠剤機械の日本一手販売者となる 当社のあゆみ
- 代理店制を採用。関東は鳥居徳兵衛商店、関西は武田長兵衛商店をそれぞれ選定 当社のあゆみ
- 北里柴三郎医博の委嘱によって医界評論誌『医海時報』の刊行を経営 当社のあゆみ
明治36年(1903) - 【渋沢栄一】東宮御慶事奉祝会副会長・会計監督。インフルエンザ罹患、喘息を併発。京釜鉄道株式会社理事。日印協会創立・会員(後に会頭)。〔63歳〕 渋沢関係略年譜
1月14日 時事新報にタカヂアスターゼの発売宣伝広告を掲載―日刊紙新薬広告の嚆矢 当社のあゆみ
明治37年(1904) - 【渋沢栄一】風邪をこじらせ長期に静養。韓国興業株式会社設立、監督。〔64歳〕 渋沢関係略年譜
1月13日 時事新報にタカヂアスターゼのゴシック書体の広告を掲載―ゴシック書体日刊紙広告の嚆矢 当社のあゆみ
2月4日 肺結核予防令公布 内外事項
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