※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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大正4年(1915) | - | 【渋沢栄一】帝国蚕糸株式会社相談役。渋沢同族株式会社設立、社長は敬三。パナマ・太平洋万国博覧会視察のため渡米。ウイルソン大統領と会見。〔75歳〕【渋沢敬三】渋沢同族株式会社設立、同社長就任。 | 渋沢関係略年譜 |
4月 | ・慶松勝左衛門博士が国産サルバルサン「アーセミン」の試製に成功 | 当社の出来事 | |
5月 | ・中国と21カ条条約締結 | 業界事項・社会一般事項 | |
6月 | ・「染料医薬品製造奨励法」公布 | 業界事項・社会一般事項 | |
10月 | ・当社の前身、匿名組合アーセミン商会設立 | 当社の出来事 | |
10月 | ・本社は東京市日本橋区槫正町6番地、工場は本所区柳島元町153番地 | 当社の出来事 | |
12月 | ・柳島工場で「アーセミン」製造に着手。小分け第一回分完成 | 当社の出来事 | |
12月 | ・大戦景気で株式市場暴騰 | 業界事項・社会一般事項 | |
大正5年(1916) | - | 【渋沢栄一】海外植民学校顧問。日米関係委員会創立・常務委員。第一銀行の頭取等を辞め実業界を引退。理化学研究所創立委員長。喜寿記念として第一銀行が玉川清和園に記念館誠之堂建設。渋沢栄一述『論語と算盤』(東亜堂書房)刊行。〔76歳〕【竜門社】青淵先生の喜寿祝賀会開催し、記念品として林泰輔編『論語年譜』を青淵先生に贈呈する。 | 渋沢関係略年譜 |
2月 | ・「アーセミン」の発売披露会を開催 | 当社の出来事 | |
6月 | ・池田文次、柳島工場初代工場長に就任 | 当社の出来事 | |
9月 | ・「ネオネオアーセミン」の製造に成功。第一回の小分けを行う | 当社の出来事 | |
9月 | ・「工場法」施行 | 業界事項・社会一般事項 | |
10月 | ・寺内正毅内閣成立 | 業界事項・社会一般事項 | |
10月 | ・憲政会発会(初代総裁・加藤高明) | 業界事項・社会一般事項 | |
11月 | ・大日本医師会(現・日本医師会)創立大会 | 業界事項・社会一般事項 | |
12月 | ・ 匿名組合アーセミン商会を合資会社アーセミン商会に組織変更。津村重舎、代表社員となる | 当社の出来事 | |
大正6年(1917) | - | 【渋沢栄一】日米協会創立・名誉副会長。飛鳥山邸(曖依村荘)に晩香廬落成、喜寿の祝いに合資会社清水組より贈られる。〔77歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
4月 | ・アメリカがドイツに宣戦布告 | 業界事項・社会一般事項 | |
9月 | ・孫文が広東軍政府樹立 | 業界事項・社会一般事項 | |
11月 | ・11月(露暦10月)革命、ソビエト政権樹立 | 業界事項・社会一般事項 | |
11月 | ・中国をめぐる日米間の協定成立(石井―ランシング協定) | 業界事項・社会一般事項 | |
大正7年(1918) | - | 【渋沢栄一】渋沢栄一著『徳川慶喜公伝』(竜門社)刊行。〔78歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
1月 | ・合資会社アーセミン商会を発展的に解消し、第一製薬(資本金50万円)を設立。柴田清之助初代社長に就任 | 当社の出来事 |