※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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慶応元年(1865) | - | 【渋沢栄一】一橋家歩兵取立御用掛を命ぜられ領内を巡廻。〔25歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
- | 南北戦争終結 | 前史 主要事件 | |
明治2年(1869) | - | 【渋沢栄一】駿府藩(後に静岡藩)に「商法会所」設立。上京。明治政府に仕え、民部省租税正となる。民部省改正掛掛長を兼ねる。湯島天神中坂下(現在の東京都文京区湯島)に居を構える。〔29歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
- | 長崎でわが国最初の灯油輸入 | 前史 国内石油情勢 | |
- | 版籍奉還 | 前史 主要事件 | |
明治3年(1870) | - | 【渋沢栄一】大蔵少丞となる。官営富岡製糸場設置に向けて、事務主任となる。〔30歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
- | ロックフェラー、石油精製運輸会社フラグラー会社を起し、さらにスタンダード石油会社と改称 | 前史 海外石油情勢 | |
- | 工部省設置 | 前史 主要事件 | |
- | 普仏戦争起る | 前史 主要事件 | |
明治4年(1871) | - | 【渋沢栄一】大蔵省紙幣頭となる。神田小川町裏神保小路(現在の東京都千代田区神田神保町)に転居。『立会略則』刊行。〔31歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
- | 石坂周造、長野石炭油会社設立 | 前史 国内石油情勢 | |
- | 廃藩置県 | 前史 主要事件 | |
明治6年(1873) | - | 【渋沢栄一】抄紙会社創立(後に王子製紙株式会社取締役会長)。大蔵省を辞める。海運橋兜町(現在の東京都中央区日本橋兜町)に転居。第一国立銀行創立・総監役。〔33歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
- | 日本坑法発布、長野石炭油会社で洋式精製初めて試む | 前史 国内石油情勢 | |
- | 第一国立銀行開業 | 前史 主要事件 | |
- | 地租改正 | 前史 主要事件 | |
明治9年(1876) | - | 【渋沢栄一】東京府瓦斯局事務長。養育院事務長。深川福住町(現在の東京都江東区永代)に転居。〔36歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
- | アメリカ人ライマン、日本の油田調査に着手 | 前史 国内石油情勢 | |
- | 三井物産設立 | 前史 主要事件 | |
明治10年(1877) | - | 【渋沢栄一】択善会創立(後に東京銀行集会所・会長)。王子西ヶ原に別荘を建てはじめる。〔37歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
- | わが国最初の鉄製タンク出現 | 前史 国内石油情勢 | |
- | 滝沢安之助、愛国石油さく井会社創立 | 前史 国内石油情勢 | |
- | S・V・シッケル連続蒸溜法を発表 | 前史 海外石油情勢 | |
- | 西南戦争 | 前史 主要事件 | |
明治12年(1879) | - | 【渋沢栄一】東京海上保険会社創立。北豊島郡西ケ原村(現在の東京都北区西ケ原)に別荘(飛鳥山邸、翌年曖依村荘と命名)を構える。グラント将軍(元アメリカ大統領)歓迎会(東京接待委員総代)。養育院院長。〔39歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
- | 滝沢安之助わが国初めての洋式製油釜設置 | 前史 国内石油情勢 | |
- | 赤羽工作局製アメリカ式さく井機械で越後油田試掘 | 前史 国内石油情勢 | |
- | わが国最初のパイプ・ライン敷設 | 前史 国内石油情勢 |