※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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明治12年(1879) | - | 【渋沢栄一】東京海上保険会社創立。北豊島郡西ケ原村(現在の東京都北区西ケ原)に別荘(飛鳥山邸、翌年曖依村荘と命名)を構える。グラント将軍(元アメリカ大統領)歓迎会(東京接待委員総代)。養育院院長。〔39歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
- | アメリカでタンカーが初めてヨーロッパ輸送に使用さる | 前史 海外石油情勢 | |
- | ロシアにノーベル産油兄弟会社設立 | 前史 海外石油情勢 | |
明治14年(1881) | - | 【渋沢栄一】ハワイ国皇帝ディヴィド・カラカウァ飛鳥山訪問。東京大学より文学部「日本財政論」の講師を嘱託される。〔41歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
- | 田代虎二郎外油を原料に灯油を精製 | 前史 国内石油情勢 | |
- | 松方紙幣整理政策開始 | 前史 主要事件 | |
明治15年(1882) | - | 【渋沢栄一】大阪紡績会社創立。千代夫人死去。〔42歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
- | ロックフェラー、石油トラストを組織 | 前史 海外石油情勢 | |
- | 自由民権運動昂揚 | 前史 主要事件 | |
明治16年(1883) | - | 【渋沢栄一】大阪紡績会社相談役、同社工場落成。 東京電燈会社創立(後に委員)。伊藤兼子(かね子)と再婚。〔43歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
- | ロシアでノーベル兄弟連続蒸溜法を実用化 | 前史 海外石油情勢 | |
- | 不況深刻化 | 前史 主要事件 | |
明治19年(1886) | - | 【渋沢栄一】「竜門社」創立。東京電灯会社開業(後に委員)。〔46歳〕【竜門社】竜門社が東京・深川福住町の青淵先生邸内に創立する。機関誌『竜門雑誌』創刊号を刊行。 | 渋沢関係略年譜 |
- | ビルマ石油会社設立 | 前史 海外石油情勢 | |
明治21年(1888) | - | 【渋沢栄一】札幌麦酒会社創立・発起人総代(後に札幌麦酒株式会社取締役会長)。品川硝子会社設立、相談役。東京女学館開校・会計監督(後に館長)。兜町(現在の東京都中央区日本橋兜町)の新邸に転居。〔48歳〕【竜門社】出版条例の改正により『竜門雑誌』1号を改めて発行する。第1回秋季総集会を曖依村荘にて開催する。 | 渋沢関係略年譜 |
- | 日本石油株式会社創立 | 前史 国内石油情勢 | |
- | 市町村制公布 | 前史 主要事件 | |
明治23年(1890) | - | 【渋沢栄一】貴族院議員に任ぜられる。三本木渋沢農場開墾開始。〔50歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
- | 日石機械さく井に成功 | 前史 国内石油情勢 | |
- | ロイヤルダッチ石油会社創立 | 前史 海外石油情勢 | |
- | 帝国議会開会 | 前史 主要事件 | |
明治25年(1892) | - | 【渋沢栄一】株式会社東京貯蓄銀行創立・取締役(後に取締役会長)。元日本製帽を買収し東京帽子株式会社設立・取締役会長。〔52歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
- | スタンダード、オハイオ高等裁判所から解散を命ぜらる | 前史 海外石油情勢 | |
明治26年(1893) | - | 【渋沢栄一】喜賓会創立・幹事長。東京人造肥料株式会社取締役会長。株式会社東京石川島造船所取締役会長。王子製紙株式会社取締役会長。帝国ホテル株式会社取締役会長。 | 渋沢関係略年譜 |
3月 | 宝田石油株式会社創立 | 前史 国内石油情勢 | |
5月 | スタンダード日本で販売事業を開始 | 前史 国内石油情勢 | |
- | 上野昌治上総掘を石油さく井に応用して成功 | 前史 国内石油情勢 | |
明治28年(1895) | - | 【渋沢栄一】東京統計協会終身会員。北越鉄道株式会社創業総会・監査役(後に相談役)。〔55歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
- | 日石新潟鉄工所を設立 | 前史 国内石油情勢 | |
- | ロータリー式掘さく法アメリカで初めて成功 | 前史 海外石油情勢 |