金子架設工業(株)『百年史』(1990.07)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治23年(1890) - 【渋沢栄一】貴族院議員に任ぜられる。三本木渋沢農場開墾開始。〔50歳〕 渋沢関係略年譜
9月 日本銀行本店着工(明29.2竣工、分業請負) 業界・一般[●印は清水建設関係]
明治24年(1891) - 【渋沢栄一】日本製帽会社相談役。東京交換所創立・委員長。東京商業会議所会頭。〔51歳〕 渋沢関係略年譜
10月 濃尾大震災(マグニチュード8.4) 業界・一般[●印は清水建設関係]
- ●このころ清水方諸方組合結成(大工職を除く各職及び材料商による) 業界・一般[●印は清水建設関係]
明治25年(1892) - 【渋沢栄一】東京貯蓄銀行創立・取締役(後に取締役会長)。元日本製帽を買収し東京帽子株式会社設立・取締役会長。〔52歳〕 渋沢関係略年譜
6月 金子茂助死去 当社[◆印はその年の主要工事]
明治26年(1893) - 【渋沢栄一】喜賓会創立、幹事長。東京人造肥料株式会社取締役会長。株式会社東京石川島造船所取締役会長。王子製紙株式会社取締役会長。帝国ホテル株式会社取締役会長。〔53歳〕 渋沢関係略年譜
- ◆鐘淵紡績第2工場(新築) 当社[◆印はその年の主要工事]
明治27年(1894) - 【渋沢栄一】東京瓦斯株式会社取締役会長。東京海上保険株式会社取締役。北越鉄道株式会社創立発起人。札幌麦酒株式会社取締役会長。〔54歳〕 渋沢関係略年譜
2月 ●〓[┐+キ]工商会を〓[┐+キ]会と改称 業界・一般[●印は清水建設関係]
8月 日清戦争勃発 業界・一般[●印は清水建設関係]
明治28年(1895) - 【渋沢栄一】東京統計協会終身会員。〔55歳〕 渋沢関係略年譜
5月 金子きん死去 当社[◆印はその年の主要工事]
10月 鉄骨造建築の初め、秀英舎(現大日本印刷)印刷工場竣工(現存せず) 業界・一般[●印は清水建設関係]
明治30年(1897) - 【渋沢栄一】澁澤倉庫部開業(後に澁澤倉庫会社・発起人)。十勝開墾合資会社業務担当社員。広島水力電気株式会社創立、取締役会長。渋沢家洲崎養魚場開設 〔57歳〕 渋沢関係略年譜
5月 清水組職方名儀人に指名認許 当社[◆印はその年の主要工事]
- ◆鐘淵紡績第2工場(増築) 当社[◆印はその年の主要工事]
明治31年(1898) - 【渋沢栄一】浅野セメント合資会社監査役。韓国視察、韓国皇帝に謁見。王子製紙株式会社取締役会長を辞す(後に相談役)〔58歳〕 渋沢関係略年譜
- 三井銀行本店工事の鉄骨建て方にアメリカ製デリッククレーンを使用 業界・一般[●印は清水建設関係]
明治34年(1901) - 【渋沢栄一】大阪瓦斯会社監査役。日本女子大学校開校・会計監督(後に校長)。東京・飛鳥山邸を本邸とする。京釜鉄道株式会社取締役、後に取締役会長。茨城採炭株式会社創立、相談役。〔61歳〕 渋沢関係略年譜
- ◆札幌ビール吾妻橋工場 当社[◆印はその年の主要工事]
- 官営八幡製鉄所(現新日本製鉄)操業開始 業界・一般[●印は清水建設関係]
明治35年(1902) - 【渋沢栄一】合名会社中井商店顧問。清韓協会設立・幹事長。京仁鉄道合資会社取締役社長。兼子夫人同伴で欧米視察。ルーズベルト大統領と会見。〔62歳〕 渋沢関係略年譜
4月 初代兵次郎兼喜会会員となる 当社[◆印はその年の主要工事]
4月 ●〓[┐+キ]会を兼喜会と改称 業界・一般[●印は清水建設関係]
明治37年(1904) - 【渋沢栄一】風邪をこじらせ長期に静養。韓国興業株式会社設立、監督。〔64歳〕 渋沢関係略年譜
2月 日露戦争勃発(明38.9、講和条約調印) 業界・一般[●印は清水建設関係]
- ◆東京モスリン紡績第2工場 当社[◆印はその年の主要工事]
明治38年(1905) - 【渋沢栄一】韓国皇帝より勲一等太極章。移転した養育院感化部井之頭学校と改称、開校式。〔65歳〕 渋沢関係略年譜
8月 鉄筋コンクリート造建築第1号、佐世保鎮守府港内ポンプ小屋竣工(現存せず) 業界・一般[●印は清水建設関係]
明治39年(1906) - 【渋沢栄一】大日本麦酒株式会社設立、取締役。南満州鉄道株式会社設立委員。京阪電気鉄道会社創立・創立委員長(後に相談役)。大日本製糖株式会社設立、相談役。名古屋電力株式会社創立・相談役。東海倉庫株式会社創立・相談役。明治製糖創立・相談役。〔66歳〕 渋沢関係略年譜
- ◆保土谷富士瓦斯紡績第1工場、東京キャリコ製織第1工場、鐘淵紡績第3工場 当社[◆印はその年の主要工事]
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