※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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昭和3年(1928) | - | 【渋沢栄一】日本女子高等商業学校建設後援会発起人。日本航空輸送株式会社創立・創立委員長。〔88歳〕【竜門社】青淵先生米寿祝賀会を開催し、斯文会編訳『国訳論語』等を記念品として青淵先生に贈呈する。 | 渋沢関係略年譜 |
2月 | 第1回普通選挙 | 社会一般 | |
5月 | 日本商工会議所設立 | 社会一般 | |
11月 | 天皇即位の大礼式行わる | 社会一般 | |
- | ・石橋正二郎、九州帝国大学応用化学科教授君島武男に自動車タイヤ製造について協力を求める(1928年暮) | 社内事項 | |
- | ・自動車タイヤの国内製造は、ダンロップ護謨(極東)が1913年から、東京護謨工業が1918年から、横浜護謨製造が1921年から開始していた | 業界事項 | |
昭和4年(1929) | - | 【渋沢栄一】アメリカン・ソサエティ・オブ・メカニカル・エンジニア名誉会員。中央盲人福祉協会創立・会長。〔89歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
4月 | ブランド名を「ブリッヂストン」と決定し、自動車タイヤ製造用諸機械を米国に発注 | 社内事項 | |
10月 | ニューヨークで株式大暴落、世界恐慌はじまる | 社会一般 | |
12月 | 日本足袋の倉庫800坪(2,640m2)を改造して自動車タイヤ試作工場完成 | 社内事項 | |
昭和5年(1930) | - | 【渋沢栄一】明治神宮外苑聖徳記念絵画館に壁画献納。財団法人楽翁公遺徳顕彰会会長。〔90歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
1月 | 米国より諸機械到着し、自動車タイヤ試作開始 | 社内事項 | |
1月 | 金輸出解禁、不況深刻化 | 社会一般 | |
4月9日 | 第1号タイヤ誕生(乗用車用29×4.50 4P) | 社内事項 | |
4月 | ロンドン海軍軍縮会議調印 | 社会一般 | |
5月 | 日本足袋タイヤ部でテスト販売開始 | 社内事項 | |
9月 | 横浜護謨は、関東大震災(1923年)で焼失したタイヤ工場を再建し、生産再開 | 業界事項 | |
9月 | 米価大暴落、農業恐慌 | 社会一般 | |
10月 | 足袋関係、タイヤ修理業者を中心に販売網開拓 | 社内事項 | |
12月 | 鉄道省、省営バスの運行開始 | 業界事項 | |
昭和6年(1931) | - | 【渋沢栄一】癩予防協会会頭・理事。11月11日永眠。〔91歳〕【渋沢敬三】東京貯蓄銀行会長に就任。 | 渋沢関係略年譜 |
3月1日 | ブリッヂストンタイヤ株式会社設立(福岡県久留米市洗町1番地)。資本金100万円(1/2払い込み)。社長に石橋正二郎就任 | 社内事項 | |
4月 | 初のトラック・バス用タイヤ(32×6 8P、10P)製造開始 | 社内事項 | |
9月 | 満州事変起こる | 社会一般 |