小野田セメント(株)『小野田セメント百年史』(1981.08)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治45年(1912) - 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。帰一協会創立・幹事。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。〔72歳〕 渋沢関係略年譜
5月 ・創立30周年祝賀式(都合により1年遅れ)挙行 当社事項
7月 ・築港工事計画を決議(大2・8着工、15・ 7完成) 当社事項
12月 ・大嶺原料山買収に着手(大5・6採石開始) 当社事項
大正元年(1912) - 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。帰一協会創立・幹事。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。〔72歳〕 渋沢関係略年譜
10月 ・助川セメント製造所改組し、助川セメント(株)を設立(⇒大6・10) 関連事項
10月 ・浅野セメント(株)設立(⇒昭22・5) 関連事項
大正2年(1913) - 【渋沢栄一】伯剌西爾拓植株式会社創立準備委員。日本結核予防協会創立・副会頭(後に会頭)。中国興業株式会社(後の中日実業)創立、相談役。日本実業協会創立・会長。帝国飛行協会成立、評議員。〔73歳〕 渋沢関係略年譜
2月 ・浅野セメント(株)は浅野セメント(資)を合併 関連事項
2月 ・三重社の提案を発端に同業4社共同販売計画の議が起こる(不成立) 関連事項
6月 ・結核予防撲滅臨時規則制定 当社事項
6月 ・坂勘一ら愛知県知多郡横須賀須村に知多セメント(株)を設立(終末不明) 関連事項
7月 ・八幡製鉄所高炉セメント工場建設(大7・10操業開始、⇒昭9・1) 関連事項
9月 ・本社旧工場廃止 当社事項
11月 ・本社第二工場完成、回転窯、自家発電用ボイラー、タービンを設置し、工場動力の電化本格化、従来の本社新工場を第一工場と改称 当社事項
大正3年(1914) - 【渋沢栄一】東北九州災害救済会創立、副総裁。合資会社国際通信社設立、相談役。日中経済界の提携のため中国訪問。財団法人国産奨励会設立準備委員総代、顧問。〔74歳〕 渋沢関係略年譜
6月 ・北海道社合併案起こる、翌4年不成立 当社事項
7月 ・第1次世界大戦起こる 関連事項
8月 ・8時間交替制をほとんどの従業員に適用 当社事項
11月 ・大阪社は大阪セメント土地(株)と改称、川南工場のセメント製造中止(後に解散) 関連事項
大正4年(1915) - 【渋沢栄一】帝国蚕糸株式会社相談役。渋沢同族株式会社設立、社長は敬三。パナマ・太平洋万国博覧会視察のため渡米。ウイルソン大統領と会見。〔75歳〕【渋沢敬三】渋沢同族株式会社設立、同社長就任。 渋沢関係略年譜
2月 ・三越社、東洋セメント(株)と改称(⇒大6・9) 関連事項
4月 ・バタビア築港工事用品納入、これを機に蘭領インド向け輸出急増 当社事項
7月 ・浅野社、北海道社を合併 関連事項
10月 ・日本窒素肥料(株)鏡工場内にセメント工場建設(⇒昭9・10) 関連事項
PAGE TOP