日本セメント(株)『八十年史』(1963.12)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治32年(1899) - 【渋沢栄一】衆議院議員選挙法改正規制同盟会会長。福田会名誉顧問。大蔵省より株式会社北海道拓殖銀行設立委員に任命。京仁鉄道合資会社設立、取締役社長。銀行倶楽部委員。飛鳥山邸(曖依村荘)に茶室・無心庵竣工。 〔59歳〕 渋沢関係略年譜
- 舞子(粘土)採掘場開設 当社
- オーストリアの技師ルドウィッヒ・ハチェック、石綿スレートを発明 業界
明治33年(1900) - 【渋沢栄一】京釜鉄道株式会社創立委員長。日本興業銀行設立委員(後に監査役)。男爵を授けられる。黒須銀行相談役。〔60歳〕【竜門社】青淵先生の還暦祝賀として『青淵先生六十年史 一名近世実業発達史』を刊行、青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
2月 門司分工場に石灰窯五基新設、消石灰の自給策を立て、原石焼成法を粉灰焼成法に変更 当社
2月 日本ポルトランドセメント業技術会設立 業界
3月 小林春一郎、巴江セメント株式会社設立(操業にいたらず解散) 業界
4月 小野田社新工場完成、ディーチュ竪窯採用によるセメント製造開始 業界
12月 九州一円に金融恐慌起き、関東にまで波及 政治・経済・社会
- 大阪詰所開設 当社
- 青浜採掘場開設 当社
- 東社、帝国社解散 業界
明治34年(1901) - 【渋沢栄一】大阪瓦斯会社監査役。東京・飛鳥山邸を本邸とする。京釜鉄道株式会社取締役、後に取締役会長。茨城採炭株式会社創立、相談役。〔61歳〕 渋沢関係略年譜
1月 セメント一樽の容量を四〇〇ポンド入りより三八〇ポンド入りに改む 業界
5月 山陽鉄道線全通(神戸~下関間) 政治・経済・社会
- アメリカにおける回転窯の使用状況およびその成績の調査をサンフランシスコの東洋汽船株式会社に在勤中の白石元治郎に依頼、その調査報告および回転窯焼成のクリンカを入手し、成績良好なることが判明 当社
明治35年(1902) - 【渋沢栄一】合名会社中井商店顧問。清韓協会設立・幹事長。京仁鉄道合資会社取締役社長。兼子夫人同伴で欧米視察。ルーズベルト大統領と会見。〔62歳〕 渋沢関係略年譜
3月 坂内冬蔵、回転窯の実地調査のため渡米 当社
9月 鈴木辰次郎、岡山社を継承し山陽セメント工場と改称 業界
- 深川工場増設工事完成 当社
明治36年(1903) - 【渋沢栄一】東宮御慶事奉祝会副会長・会計監督。インフルエンザ罹患、喘息を併発。京釜鉄道株式会社理事。日印協会創立・会員(後に会頭)。〔63歳〕 渋沢関係略年譜
1月 銭屋セメント合名会社設立(小松竜太郎のセメント製造所を継承) 業界
12月 わが国最初の回転窯(径六×長さ六〇呎)をアメリカのアリスチャーマーズ社より購入、深川工場に設置、これに伴う諸機械の増設改造工事完成 当社
12月 恒見採掘場開設 当社
- 大阪詰所を出張所に昇格 当社
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