川崎製鉄(株)『川崎製鉄二十五年史』(1976.04)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治11年(1878) - 【渋沢栄一】東京商法会議所創立・会頭(後に東京商業会議所・会頭)。〔38歳〕 渋沢関係略年譜
4月 川崎正蔵、東京築地に川崎築地造船所を創業 当社関係事項
6月1日 東京株式取引所開業 業界・一般事項
8月15日 大阪株式取引所開業 業界・一般事項
- 英国人S.トーマス、トーマス製鋼法(塩基法)を英国鉄鋼協会で発表 業界・一般事項
明治13年(1880) - 【渋沢栄一】博愛社社員(後に日本赤十字社常議員)。〔40歳〕 渋沢関係略年譜
2月20日 陸軍・海軍・工部3省共同で官営製鉄所建設を建議 業界・一般事項
9月10日 釜石鉱山製鉄所(工部省所管)の25トン木炭高炉火入れ 業界・一般事項
11月5日 工場払下概則公布 業界・一般事項
明治14年(1881) - 【渋沢栄一】ハワイ国皇帝ディヴィド・カラカウァ飛鳥山訪問。東京大学より文学部「日本財政論」の講師を嘱託される。〔41歳〕 渋沢関係略年譜
3月 川崎正蔵、兵庫県神戸区(現在の神戸市兵庫区)東出町に川崎兵庫造船所を開設 当社関係事項
4月7日 農商務省設置 業界・一般事項
明治15年(1882) - 【渋沢栄一】大阪紡績会社創立。千代夫人死去。〔42歳〕 渋沢関係略年譜
9月 海軍省兵器局兵器製造所(東京築地)わが国初のるつぼ製鋼開始 業界・一般事項
10月10日 日本銀行開業 業界・一般事項
明治16年(1883) - 【渋沢栄一】大阪紡績会社相談役、同社工場落成。 東京電燈会社創立(後に委員)。伊藤兼子(かね子)と再婚。〔43歳〕 渋沢関係略年譜
6月30日 工部省釜石製鉄所の官営事業廃止 業界・一般事項
明治19年(1886) - 【渋沢栄一】「竜門社」創立。東京電灯会社開業(後に委員)。〔46歳〕【竜門社】竜門社が東京・深川福住町の青淵先生邸内に創立する。機関誌『竜門雑誌』創刊号を刊行。 渋沢関係略年譜
4月28日 川崎正蔵、農商務大臣から官営兵庫造船所(神戸区東川崎町)の借用許可を受く 当社関係事項
5月19日 川崎正蔵、東川崎町の兵庫造船所に東出町の自営造船所を移転、統合し川崎造船所と改称して発足 当社関係事項
9月 川崎正蔵、東京の川崎築地造船所を兵庫に移転、統合 当社関係事項
10月16日 横山久太郎ら、官営事業廃止中の釜石製鉄所で大島式高炉の操業に成功 業界・一般事項
明治20年(1887) - 【渋沢栄一】東京製綱会社発起委員(後に取締役会長)。東京人造肥料会社創立委員(後に取締役会長)。京都織物会社創立、相談役。日本煉瓦製造会社創立・理事(後に日本煉瓦製造株式会社取締役会長)。東京ホテル創立・理事長(後に帝国ホテル株式会社取締役会長)。北海道製麻会社・相談役。〔47歳〕 渋沢関係略年譜
6月7日 長崎造船所(大蔵省所管)を三菱社に払下げ(明治21.12.1三菱造船所と改称) 業界・一般事項
7月6日 川崎正蔵、借用中の官営兵庫造船所の払下げを受く 当社関係事項
7月 田中長兵衛、釜石製鉄所の払下げを受け釜石鉱山田中製鉄所を設立 業界・一般事項
明治22年(1889) - 【渋沢栄一】石川島造船所創立・委員(後に株式会社東京石川島造船所取締役会長)。門司築港会社創立・相談役。田川採炭株式会社創立・相談役。三重紡績株式会社相談役。北海道炭礦鉄道会社常議員〔49歳〕 渋沢関係略年譜
2月11日 大日本帝国憲法発布 業界・一般事項
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