※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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大正2年(1913) | - | 【渋沢栄一】伯剌西爾拓植株式会社創立準備委員。日本結核予防協会創立・副会頭(後に会頭)。中国興業株式会社(後の中日実業)創立、相談役。日本実業協会創立・会長。帝国飛行協会成立、評議員。〔73歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
5月 | 棚田正一が富山鉄工所台帳に登場[登場] | 社内事項 | |
6月 | 佐藤組が富山鉄工所の資産・負債を買い取り、佐藤組鉄工所となる | 社内事項 | |
9月1日 | 富山市で連合共進会開催さる | 社外事項 | |
大正3年(1914) | - | 【渋沢栄一】東北九州災害救済会創立、副総裁。合資会社国際通信社設立、相談役。日中経済界の提携のため中国訪問。財団法人国産奨励会設立準備委員総代、顧問。〔74歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
7月28日 | 第1次世界大戦勃発 | 社外事項 | |
11月24日 | 土木学会設立 | 社外事項 | |
大正4年(1915) | - | 【渋沢栄一】帝国蚕糸株式会社相談役。渋沢同族株式会社設立、社長は敬三。パナマ・太平洋万国博覧会視察のため渡米。ウイルソン大統領と会見。〔75歳〕【渋沢敬三】渋沢同族株式会社設立、同社長就任。 | 渋沢関係略年譜 |
1月18日 | 日本、中国に21カ条の要求を提出 | 社外事項 | |
10月 | 橋本栄太郎が富山鉄工所台帳に登場(橋本栄太郎、初代工場長となる) | 社内事項 | |
11月30日 | 東証株式空前の大暴騰、日本経済好景気 | 社外事項 | |
大正5年(1916) | - | 【渋沢栄一】海外植民学校顧問。日米関係委員会創立・常務委員。第一銀行の頭取等を辞め実業界を引退。理化学研究所創立委員長。喜寿記念として第一銀行が玉川清和園に記念館誠之堂建設。渋沢栄一述『論語と算盤』(東亜堂書房)刊行。〔76歳〕【竜門社】青淵先生の喜寿祝賀会開催し、記念品として林泰輔編『論語年譜』を青淵先生に贈呈する。 | 渋沢関係略年譜 |
9月1日 | 工場法施行 | 社外事項 | |
大正6年(1917) | - | 【渋沢栄一】日米協会創立・名誉副会長。飛鳥山邸(曖依村荘)に晩香廬落成、喜寿の祝いに合資会社清水組より贈られる。〔77歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
7月18日 | 富山県笹津橋復旧工事で死亡事故発生 | 社内事項 | |
9月15日 | 大戦景気で保有正価「金」が10億円突破 | 社外事項 | |
11月7日 | ロシア革命でソビエト成立 | 社外事項 | |
大正7年(1918) | - | 【渋沢栄一】渋沢栄一著『徳川慶喜公伝』(竜門社)刊行。〔78歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
3月 | 第一ラミー紡績(株)富山工場コルニッシュボイラー他施工 | 社内事項 | |
7月23日 | 富山県魚津で米の船積中止要求(米騒動) | 社外事項 | |
8月2日 | 日本軍シベリア出兵 | 社外事項 | |
11月11日 | 第1次世界大戦休戦 | 社外事項 | |
11月 | 再生銑鉄の製造を始める | 社内事項 | |
大正8年(1919) | - | 【渋沢栄一】アメリカ合衆国政府より日米船鉄交換争議の仲裁人を委嘱される。財団法人協調会創立・副会長。〔79歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
4月11日 | 道路法公布 | 社外事項 | |
6月28日 | ベルサイユ講和条約調印 | 社外事項 | |
大正9年(1920) | - | 【渋沢栄一】社団法人国際聯盟協会創立・会長。日華実業協会創立、会長。子爵を授けられる。〔80歳〕【竜門社】青淵先生八十寿及び子爵へ陞爵の祝賀会を開催し、記念として青淵文庫を青淵先生に贈呈する。 | 渋沢関係略年譜 |
2月16日 | 東園富山県知事、水電県営案を県会に提案 | 社外事項 |