清水建設(株)『清水建設百五十年』(1953.11)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
文化元年(1804) 9月 露国使節長崎に来る 一般国内状勢
9月 町人の武芸習得を禁ず 一般国内状勢
10月 加藤千蔭万葉集略解を献ず 一般国内状勢
- 初代清水喜助二十二才(天明三年越中婦負郡黒瀬谷村大字小羽に生る)神田銀冶町に於て創業//(後に神田新石町五番地に移転) 清水建設関係
文化12年(1815) 4月 杉田玄白蘭学事始著わす 一般国内状勢
11月 二代主生る(十一月) 清水建設関係
天保9年(1838) 3月 江戸城西丸炎上 一般国内状勢
4月 天保改革始る 一般国内状勢
10月 高野長英夢物語を著す 一般国内状勢
- 江戸城西丸造営 清水建設関係
天保10年(1839) 12月 渡辺登・高野長英処分す 一般国内状勢
- 藤沢清七(二代)、清水家に入婿初代主の長女ヤスと婚す。(清七二十五才) 清水建設関係
嘉永元年(1848) - 【渋沢栄一】このころ実名を美雄とする。後に伯父渋沢誠室の命名で栄一と改める。〔13歳〕 渋沢関係略年譜
4月 異国船松前河岸を測量す 一般国内状勢
- 初代清水喜助牛込高田八幡(通称穴八幡)の随身門造営 清水建設関係
嘉永2年(1849) 4月 葛飾北斎歿す 一般国内状勢
4月 (閏四月)英船江戸湾を測量す 一般国内状勢
7月 初代喜助、神祇伯白川家から「日向」の国名を拝領す 清水建設関係
11月 洋式大砲六門を鋳る 一般国内状勢
12月 防備を令す 一般国内状勢
12月 米価引下 一般国内状勢
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