日本鋼管(株)『日本鋼管株式会社三十年史』(1942.06)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治45年(1912) - 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。帰一協会成立。〔72歳〕 渋沢関係略年譜
6月 創立 吾社沿革
- 当時既に設立せられたる主要鉄鋼会社次の如し//釜石鉄山田中製鉄所(二十年)、川崎造船所(二十九年)、官営八幡製鉄所(二十九年)、住友鋳鋼所(三十四年)、神戸製鋼所(三十八年)、日本製鋼所(四十年)、輪西製鉄所(四十年)、本渓湖煤鉄公司(四十三年) 内外業界及一般情勢
大正元年(1912) - 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。帰一協会成立。〔72歳〕 渋沢関係略年譜
7月 白石社長、今泉技師長欧米出張(12月まで) 吾社沿革
8月 工場敷地埋立開始 吾社沿革
大正2年(1913) - 【渋沢栄一】伯剌西爾拓植株式会社創立準備委員。日本結核予防協会創立・副会頭(後に会頭)。中国興業株式会社(後の中日実業)創立、相談役。日本実業協会創立・会長。帝国飛行協会成立、評議員。〔73歳〕 渋沢関係略年譜
4月 工場建設開始 吾社沿革
12月 平炉操業開始 吾社沿革
12月 継目無鋼管製造開始 吾社沿革
- 銑鉄瓲当り相場五〇円、丸鋼七六円、内地銑鉄生産高約二十四万瓲(内八幡の分十八万瓲)、鋼材約二十五万瓲(内八幡二十二万瓲) 内外業界及一般情勢
大正3年(1914) - 【渋沢栄一】東北九州災害救済会創立、副総裁。合資会社国際通信社設立、相談役。日中経済界の提携のため中国訪問。財団法人国産奨励会設立準備委員総代、顧問。〔74歳〕 渋沢関係略年譜
4月 営業開始 吾社沿革
4月 鋼管輸入関税引上 内外業界及一般情勢
7月 第一次欧洲大戦勃発 内外業界及一般情勢
8月 対独宣戦布告 内外業界及一般情勢
- 各種鋼材輸入杜絶、鋼材価格暴騰 内外業界及一般情勢
大正4年(1915) - 【渋沢栄一】帝国蚕糸株式会社相談役。渋沢同族株式会社設立、社長は敬三。パナマ運河開通博覧会のため渡米。ウイルソン大統領と会見。〔75歳〕【渋沢敬三】渋沢同族株式会社設立、同社長就任。 渋沢関係略年譜
2月 小形条鋼工場建設に着手、操業開始(八月) 吾社沿革
12月 米国製管各社売止断行 内外業界及一般情勢
12月 製鉄業調査会設置 内外業界及一般情勢
大正5年(1916) - 【渋沢栄一】第一銀行の頭取等を辞め実業界を引退。日米関係委員会が発足・常務委員。理化学研究所創立委員長。〔76歳〕【竜門社】青淵先生の喜寿祝賀会開催し、記念品として林泰輔編『論語年譜』を青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
1月 中形条鋼工場建設、操業開始(八月) 吾社沿革
3月 資本金五百万円に増資 吾社沿革
4月 英国鉄鋼禁輸断行 内外業界及一般情勢
5月 平炉二基操業開始 吾社沿革
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