清水建設(株)『清水建設二百年. 経営編』(2003.11)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
安政6年(1859) - 神奈川戸部村外国奉行所、石崎関門ならびに番所および野毛坂陣屋前役宅などを施工 当社のあゆみ
文久元年(1861) - 【渋沢栄一】春、江戸に出て、海保漁村塾・千葉栄次郎道場に学ぶ。〔21歳〕 渋沢関係略年譜
7月 幕府、品川御殿山に各国公使館の設置を許可 社会・建設業界の動き
- 二代清水喜助、神奈川役所定式普請兼入札引受人を拝命 当社のあゆみ
文久3年(1863) - 【渋沢栄一】高崎城乗っ取り、横浜焼き討ちを企てるが、計画を中止し京都に出奔。〔23歳〕 渋沢関係略年譜
2月 江戸向島に三囲稲荷内社殿を造営 当社のあゆみ
7月 薩英戦争 社会・建設業界の動き
慶応2年(1866) - 【渋沢栄一】徳川慶喜、征夷大将軍となり、栄一は幕臣となる。〔26歳〕 渋沢関係略年譜
1月 薩長連合成る 社会・建設業界の動き
6月 幕府、征長勅許を得て長州藩に宣戦布告 社会・建設業界の動き
7月 横須賀製鉄所一部完成 はじめて新造船工事に着手 社会・建設業界の動き
10月 通称豚屋火事で横浜坂下町店宅類焼、吉田町に家屋を新築し移転。釘・鉄物商のほか材木商を兼業(後」吉田町店類焼のため宮川町へ転居) 当社のあゆみ
12月 徳川慶喜十五代将軍となる 社会・建設業界の動き
- 村田満之助(14歳)、宮川町の別荘に寄寓 当社のあゆみ
- 横浜新田北方製鉄所施工 当社のあゆみ
慶応3年(1867) - 【渋沢栄一】徳川昭武に従ってフランスへ出立(パリ万博使節団)。〔27歳〕 渋沢関係略年譜
1月 睦仁親王(明治天皇)践祚 社会・建設業界の動き
1月 渋沢栄一、徳川昭武の「パリ万国博覧会日本使節団」に随行 社会・建設業界の動き
10月 将軍徳川慶喜大政奉還 社会・建設業界の動き
- 神奈川ドイツ公使館施工 当社のあゆみ
慶応4年(1868) - 【渋沢栄一】明治維新によりフランスより帰国、静岡で慶喜に面会。〔28歳〕 渋沢関係略年譜
1月 幕府軍、薩長軍と交戦、鳥羽伏見の戦い 社会・建設業界の動き
7月 江戸を東京と改称 社会・建設業界の動き
8月 幕府特命の築地ホテル館(擬洋風建築)竣工 当社のあゆみ
8月 二代喜助、築地ホテル館を経営 当社のあゆみ
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