三和鉄軌工業(株)『三和鉄軌工業 : よりよい社会づくりに貢献する』(1969.03)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治28年(1895) - 【渋沢栄一】東京統計協会終身会員。〔55歳〕 渋沢関係略年譜
1月 京都電気鉄道(のちの京都市電)が伏見線塩小路高倉―京橋間に電車運転を開始(わが国最初の電気鉄道営業)。
明治40年(1907) - 【渋沢栄一】帝国劇場会社創立・創立委員長(後に取締役会長)。品川白煉瓦株式会社相談役。日清汽船株式会社創立、取締役。日本皮革株式会社創立、相談役。合資会社沖商会有限責任社員・監査役。帝国製麻株式会社創立、相談役。東明火災海上保険株式会社創立、取締役。〔67歳〕 渋沢関係略年譜
9月 わが国における唯一の電気鉄道用架線金具およびレールボンドならびに車両部品の製造と販売をもって馬来製作所が創立される。この年、東京鉄道(のちの東京都電)の日比谷交差点、神田須田町の分岐点等にトロリクロッシング、トロリフロック、トロリブレーカーなどの特殊架線金具を納入。
明治42年(1909) - 【渋沢栄一】多くの企業・団体の役員を辞任。渡米実業団を組織し団長として渡米。タフト大統領と会見。〔69歳〕【竜門社】組織を変更し、社則を改正。青淵先生の道徳経済合一説を広め実践する団体に性格を変える。 渋沢関係略年譜
5月 発明品博覧会に電気鉄道架線材料を出品、賞(銅牌)を受ける。
明治43年(1910) - 【渋沢栄一】政府諮問機関の生産調査会創立・副会長。社団法人東京銀行集会所会長。〔70歳〕【竜門社】青淵先生の七十寿祝賀会を開催する。 渋沢関係略年譜
2月 岩国電気軌道より、12月東京鉄道、福博電気軌道、京浜電気軌道、伊香保電気軌道、前橋電気軌道より、納入架線材料の品質製作優秀につき賞状あるいは証明書をあいついで受ける。この年、国鉄碓氷電化(横川―軽井沢間一一.二km)に大容量のリボンボンドおよび長ボンド各数千本を納入。
大正3年(1914) - 【渋沢栄一】東北九州災害救済会創立、副総裁。合資会社国際通信社設立、相談役。日中経済界の提携のため中国訪問。財団法人国産奨励会設立準備委員総代、顧問。〔74歳〕 渋沢関係略年譜
- 国鉄京浜電化区間の保守用として、わが国最初のカテナリー式電車線金具を製造納入。
大正6年(1917) - 【渋沢栄一】日米協会創立・名誉副会長。〔77歳〕 渋沢関係略年譜
- オーストラリアへ特殊ピン打ちボンドを大量に輸出。
大正14年(1925) - 【渋沢栄一】製鉄鋼調査会委員。史籍協会評議員。浅草寺臨時営繕局顧問。〔85歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行退職。 渋沢関係略年譜
3月 資本金一〇万円をもって株式会社馬来製作所に改組。
昭和2年(1927) - 【渋沢栄一】日本国際児童親善会創立・会長。日米親善人形歓迎会を主催。航空輸送会社設立準備調査委員会会長。〔87歳〕【渋沢敬三】東洋生命取締役に就任。理化学興業監査役に就任。 渋沢関係略年譜
2月 資本金一〇万円をもって馬来工業株式会社を設立。
8月 株式会社馬来製作所を馬来工業株式会社に吸収合併し、資本金一〇万円となる。
昭和3年(1928) - 【渋沢栄一】日本航空輸送会社創立・創立委員長。日本女子高等商業学校発起人。〔88歳〕【竜門社】青淵先生米寿祝賀会を開催し、斯文会編訳『国訳論語』等を記念品として青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
- 新京阪電鉄へ圧縮型、阪和電鉄へガス溶接型、大阪地下鉄へ電気溶接型など当時最大のレールボンドを納入。また東京地下鉄建設にあたり、ボンド製造および取付工事、第三軌条溶接工事を施工。
昭和7年(1932) - 【竜門社】第一次青淵先生伝記資料編纂事業を開始する。【渋沢敬三】第一銀行常務取締役就任。 渋沢関係略年譜
- 国鉄京都―大阪間、大阪―神戸間および城東線等の電化工事に電車線金具を納入。また大阪地下鉄建設にあたり、第三軌条の電気溶接とボンティング工事ならびに走行軌条のボンド製作および同電気溶接工事を施工。
昭和10年(1935) - 【渋沢敬三】日本女子大学評議員就任。 渋沢関係略年譜
- 国鉄大阪鉄道局の三万数千本はじめ各鉄道局より大量のレールボンド修理を受注、短期間に完成納入。
昭和14年(1939) - 【竜門社】財団法人渋沢青淵翁記念会と共催で「青淵先生生誕百年記念祭」を挙行する。日本実業史博物館建設地鎮祭を挙行する。 渋沢関係略年譜
- 満州マグネシウム工業へ電気炉用一〇〇〇mm3圧縮型鋼管端子(わが国初の圧縮端子)を納入。
昭和16年(1941) - 【渋沢敬三】全国貯蓄銀行協会会長に就任。第一銀行副頭取に就任。 渋沢関係略年譜
- 満鉄撫順炭鉱、満州製鉄、満州炭礦、本渓湖煤鉄公司等へ運炭用電鉄の増強ならびに新設のための電車線金具、レールボンドを大量に納入。また朝鮮鉄道局京元線京城―福渓間の電化にあたり、電車線金具、レールボンド(U型鋼端子溶接ボンド)の製造と取付工事を施工。
昭和20年(1945) - 【竜門社】曖依村荘を政府に寄贈する。空襲により曖依村荘内の建物の多くを焼失する。【渋沢敬三】幣原喜重郎より組閣本部に招かる。新木、山際正道と相談、大蔵大臣受諾。親任。 渋沢関係略年譜
10月 社名を三和鉄軌工業株式会社と改め、戦後の産業復興に向かって新たな出発を行なう。
昭和21年(1946) - 【竜門社】財団法人竜門社、財団法人渋沢青淵翁記念会が合同して渋沢青淵記念財団竜門社となる。【渋沢敬三】公職を追放さる。本邸は大蔵省に官邸として貸与、のち財産税にて敷地とともに物納。 渋沢関係略年譜
11月 運輸省東京地方電気部監督工場第一号の指定を受ける。
12月 鉄道信号保安装置機器増産運動に協力して陸運増強に寄与、運輸省鉄道総局資材局長より感謝状を受ける。
昭和22年(1947) - 【竜門社】機関誌『竜門雑誌』670号を復刊する。 渋沢関係略年譜
4月 上越線高崎―水上間電化工事に協力して国鉄輸送力の確保向上に寄与、運輸省鉄道総局長官より感謝状を受ける。
昭和23年(1948) - 【竜門社】機関誌『竜門雑誌』677号をもって廃刊する。 渋沢関係略年譜
6月 資本金を一〇〇万円に増額。
11月 資本金を三〇〇万円に増額。
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