住友金属鉱山(株)『住友金属鉱山社史』(2015.09)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
大正10年(1921) - 【渋沢栄一】排日問題善後策を講ずるため渡米。ハーディング大統領と会見。〔81歳〕【渋沢敬三】東京帝大経済学部卒業。横浜正金銀行へ入行。 渋沢関係略年譜
6月 四阪島製錬所、KS銅製造設備を新居浜電錬工場へ移転 住友金属鉱山株式会社
大正11年(1922) - 【渋沢栄一】小畑久五郎翻訳、栄一序文『アンドルー・カーネギー自伝』冨山房より刊行。日仏協会会頭。〔82歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行ロンドン支店転任。 渋沢関係略年譜
1月5日 別子鉱業所、労働課を新設し、初代課長に鷲尾勘解治《かげじ》が就任 住友金属鉱山株式会社
12月 ソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)成立 住友・業界・一般
12月 中田錦吉、住友総理事就任 住友・業界・一般
大正12年(1923) - 【渋沢栄一】日本無線電信株式会社創立委員。大震災善後会創立・副会長、帝都復興審議会委員。〔83歳〕 渋沢関係略年譜
9月1日 関東大震災 住友・業界・一般
11月 鴻之舞、元山第2通洞開さくを開始(1925年9月大富鉱帯に着脈) 住友金属鉱山株式会社
大正13年(1924) - 【渋沢栄一】日仏会館開館・理事長。東京女学館・館長。〔84歳〕【竜門社】財団法人竜門社となる。 渋沢関係略年譜
9月 新居浜電錬工場、硫酸ニッケルの製造開始 住友金属鉱山株式会社
10月1日 日本労働総同盟別子労働組合結成発会式 住友金属鉱山株式会社
大正14年(1925) - 【渋沢栄一】製鉄鋼調査会委員。史籍協会評議員。浅草寺臨時営繕局顧問。〔85歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行退職。 渋沢関係略年譜
4月 別子、浮遊選鉱法による新居浜選鉱場を新設 住友金属鉱山株式会社
6月 住友家、日之出生命保険(株)の経営を引継ぐ(1926年住友生命保険(株)と改称) 住友・業界・一般
7月 住友信託(株)設立 住友・業界・一般
10月 湯川寛吉、住友総理事就任 住友・業界・一般
大正15年(1926) - 【渋沢栄一】日本太平洋問題調査会創立・評議員会長。日本放送協会創立・顧問。〔86歳〕【渋沢敬三】澁澤倉庫取締役に就任。第一銀行取締役に就任。東京貯蓄銀行取締役に就任。 渋沢関係略年譜
12月25日 昭和に改元 住友・業界・一般
- 鴻之舞、元山第3通洞開坑 住友金属鉱山株式会社
昭和2年(1927) - 【渋沢栄一】日本国際児童親善会創立・会長。日米親善人形歓迎会を主催。航空輸送会社設立準備調査委員会会長。〔87歳〕【渋沢敬三】東洋生命取締役に就任。理化学興業監査役に就任。 渋沢関係略年譜
3月 金融恐慌始まる 住友・業界・一般
7月1日 住友合資会社、別子鉱業所の経営を分離して住友別子鉱山(株)設立 住友金属鉱山株式会社
10月1日 鷲尾勘解治、住友別子鉱山(株)の最高責任者に就任し、「末期《まっき》の経営」を説く 住友金属鉱山株式会社
昭和3年(1928) - 【渋沢栄一】日本航空輸送会社創立・創立委員長。日本女子高等商業学校発起人。〔88歳〕【竜門社】青淵先生米寿祝賀会を開催し、斯文会編訳『国訳論語』等を記念品として青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
5月1日 別子、川口新田生子《しょうじ》山麓に大山積神社を建立 住友金属鉱山株式会社
7月 住友合資会社の社則を制定 住友・業界・一般
10月 四阪島製錬所、ペテルゼン式硫酸工場第1期工事に着手(1929年6月完成) 住友金属鉱山株式会社
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