千住金属工業(株)『四十年のあゆみ』(1978.09)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
大正7年(1918) - 【渋沢栄一】渋沢栄一著『徳川慶喜公伝』(竜門社)刊行。〔78歳〕 渋沢関係略年譜
8月8日 東京市下谷区谷中初音町に保、ふさ(旧姓小貫)の長男として生まれる 佐藤千寿年譜
大正12年(1923) - 【渋沢栄一】日本無線電信株式会社創立委員。大震災善後会創立・副会長、帝都復興審議会委員。〔83歳〕 渋沢関係略年譜
9月1日 関東大震災、父母とともに郷里千葉県香取郡大須賀村奈土(現、大栄町)に避難、その後父母上京、神田柳町(現、須田町)に居を構え、金物商―佐藤保商店を開業したるも一人郷里の祖父母のもとにて少年時代を過ごす 佐藤千寿年譜
大正14年(1925) - 【渋沢栄一】製鉄鋼調査会委員。史籍協会評議員。浅草寺臨時営繕局顧問。〔85歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行退職。 渋沢関係略年譜
4月 村立大須賀尋常高等小学校入学//四年生まで奈土分教場に通い、最初の一年はここにて最後の教鞭をとりたる祖父、佐藤寿三郎翁の授業を受く 佐藤千寿年譜
昭和6年(1931) - 【渋沢栄一】癩予防協会会頭・理事。永眠。〔91歳〕【渋沢敬三】東京貯蓄銀行会長に就任。 渋沢関係略年譜
3月 同校[村立大須賀尋常高等小学校]尋常科卒業 佐藤千寿年譜
4月 千葉県立佐原中学校入学//射撃部選手、委員 弁論部委員 佐藤千寿年譜
昭和11年(1936) - 【竜門社】第二次青淵先生伝記資料編纂事業を開始する。 渋沢関係略年譜
3月 同校[千葉県立佐原中学校]卒業//河合栄治郎、倉田百三等の著書の影響を受け、専ら哲学書、文学書を読みあさる 佐藤千寿年譜
昭和13年(1938) - 【渋沢敬三】国民貯蓄奨励委員会委員。 渋沢関係略年譜
1月 産業統制令に基づき非鉄金属の各統制組合、会社、協会が相次いで設立
4月 株式会社千住鉛工場を東京市足立区千住橋戸町二三に創立、代表取締役佐藤保 資本金二〇万円(払込み六万円)
4月 第二高等学校文科甲類入学//明善寮四寮に入寮//庶務委員、寮報部長、尚志会、弁論部委員等歴任//校内に抬頭する軍国主義の風潮になじまず歴史、文学、哲学に関する課外の読書に耽溺す 佐藤千寿年譜
昭和14年(1939) - 【竜門社】財団法人渋沢青淵翁記念会と共催で「青淵先生生誕百年記念祭」を挙行する。日本実業史博物館建設地鎮祭を挙行する。 渋沢関係略年譜
1月 平沼内閣成立
3月 NHK国産TV実験放送に成功
4月 水圧押出機二台圧延機二台設置
8月 佐藤保代表取締役辞任 鈴木初太郎代表取締役に就任
8月 阿部内閣成立
昭和15年(1940) - 【竜門社】第100回会員総会並に記念展観を開催する。 渋沢関係略年譜
4月 鉛管機購入
8月 米英中ソ四カ国連合戦線結成
昭和16年(1941) - 【渋沢敬三】全国貯蓄銀行協会会長に就任。第一銀行副頭取に就任。 渋沢関係略年譜
3月 同校[第二高等学校文科甲類]卒業 佐藤千寿年譜
4月 東京帝国大学法学部政治学科入学 佐藤千寿年譜
6月 佐藤保取締役を辞任 高木武雄取締役に就任
12月 太平洋戦争勃発
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