東洋アルミニウム(株)『東洋アルミニウム株式会社五十年史』(1982.12)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和4年(1929) - 【渋沢栄一】アメリカン・ソサエティ・オブ・メカニカル・エンジニア名誉会員。中央盲人福祉協会創立・会長。〔89歳〕 渋沢関係略年譜
9月 住友伸銅鋼管常務取締役 古田俊之助、住友合資経理部長 大屋敦、亜細亜アルミ代表取締役 田口一太渡米し、アルミニウム・リミテッドE.K.デビス社長等と当社設立の交渉開始 当社の歩み
10月24日 ニューヨーク株式市場大暴落(世界恐慌はじまる) 業界並びに一般情勢
昭和5年(1930) - 【渋沢栄一】明治神宮外苑聖徳記念絵画館に壁画献納。〔90歳〕 渋沢関係略年譜
1月11日 金輸出解禁 業界並びに一般情勢
9月10日 米価大暴落 業界並びに一般情勢
9月 住友伸銅鋼管の桜島工場にアルミ板工場完成(後・当社板工場として引き継く) 当社の歩み
10月1日 東京―神戸間に特急つばめ運転開始 業界並びに一般情勢
10月 〈八尾〉箔工場の建設着工 当社の歩み
- ●東海鉛管(株)政府の産業奨励金を受けアルミ箔製造に成功 業界並びに一般情勢
昭和6年(1931) - 【渋沢栄一】癩予防協会会頭・理事。永眠。〔91歳〕【渋沢敬三】東京貯蓄銀行会長に就任。 渋沢関係略年譜
1月 アルミニウム・リミテッド社の子会社、アルミニウム・ユニオン社の代表駐在事務所大阪市に設置 業界並びに一般情勢
2月20日 箔圧延技術指導のためアルミニウム・リミテッドからホイファー・スタイマー・イーグル来社 当社の歩み
3月 〈八尾〉第1棟、第2棟竣工、生産体制整う 当社の歩み
4月1日 重要産業統制法公布 業界並びに一般情勢
4月7日 当社創立総会開催、資本金350万円、常務取締役(代表取締役)に古田俊之助就任、本店を大阪市此花区島屋町住友伸銅鋼管内に置く 当社の歩み
7月 第4回アルミ国際カルテル結成、同年10月スイスにアライアンス・アルミニウム社設立、新たにカナダのアルミニウム・リミテッドが参加 業界並びに一般情勢
9月18日 満州事変勃発 業界並びに一般情勢
12月13日 金輸出再禁止 業界並びに一般情勢
昭和7年(1932) - 【竜門社】第一次青淵先生伝記資料編纂事業を開始する。【渋沢敬三】第一銀行常務取締役就任。 渋沢関係略年譜
3月1日 満州国建国 業界並びに一般情勢
4月4日 日本アルミニューム製作所のアルマイト工場完成、世界初のアルマイト製品の生産開始 業界並びに一般情勢
5月15日 5.15事件発生 業界並びに一般情勢
7月1日 資本逃避防止法公布、外国為替取引の制限開始 業界並びに一般情勢
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