(株)島津製作所『島津製作所改組三十五年記念誌』(1952.11)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治8年(1875) - 【渋沢栄一】第一国立銀行頭取。商法講習所創立。東京会議所会頭。〔35歳〕 渋沢関係略年譜
3月 先代島津源蔵が京都市木屋町二条下ル西生洲町に於て、理化学器械製造の業を創める、これが当社の濫觴である。 改組以前
明治11年(1878) - 【渋沢栄一】東京商法会議所創立・会頭(後に東京商業会議所・会頭)。〔38歳〕 渋沢関係略年譜
5月 槇村京都府知事の提唱により、科学思想普及の為め、軽気球を揚げることとなり、先代源蔵は其の製作を引受け、御苑内に於て、三崎店員中田寅吉氏が搭乗し飛揚に成功、我国航空史の第一頁を飾つた。 改組以前
- 京都府舎密局に、ワグネル博士が招聘せられるやその指導を受けて一段と製品の進歩をはかつた。 改組以前
明治14年(1881) - 【渋沢栄一】ハワイ国皇帝ディヴィド・カラカウァ飛鳥山訪問 〔41歳〕 渋沢関係略年譜
1月 工場を改築。排気機の優良品を製作。 改組以前
明治17年(1884) - 【渋沢栄一】東京商業学校(前、商法講習所)校務商議委員。磐城炭礦社設立・会長日本鉄道会社理事委員(後に取締役)。〔44歳〕 渋沢関係略年譜
- 先代源蔵の長男梅治郎(初代社長源蔵)は、ウ式感応起電機の製作に成功。これはウイムシヤースト氏がこの器械を発明してから僅かに1年を経たばかりであつた。 改組以前
明治19年(1886) - 【渋沢栄一】「竜門社」創立。東京電灯会社開業(後に委員)。〔46歳〕【竜門社】竜門社が東京・深川福住町の青淵先生邸内に創立する。機関誌『竜門雑誌』創刊号を刊行。 渋沢関係略年譜
7月 理化学的工芸雑誌と題する月刊雑誌を創刊して科学の工業化を鼓吹した。 改組以前
明治29年(1896) - 【渋沢栄一】日本精糖会社創立・取締役。東京興信所創立、評議員。東京銀行集会所会長。東京印刷株式会社設立・相談役。東洋汽船株式会社創業、監査役。東京建物株式会社創立発起人。第一国立銀行が営業満期により第一銀行となる。引続き頭取。汽車製造合資会社設立・創立委員(後に監査役)。北越石油株式会社創業・相談役。日本勧業銀行設立委員。〔56歳〕【渋沢敬三】父・渋沢篤二、母・敦子の長男として都内深川に生まる。 渋沢関係略年譜
10月 理学博士村岡範為馳氏の指導の下に糟谷宗資所主源蔵及同弟源吉等が協力して感応起電機を高圧電源とし、本邦最初のレントゲン写真の撮影に成功した。 改組以前
明治30年(1897) - 【渋沢栄一】澁澤倉庫部開業(後に澁澤倉庫会社・発起人)。十勝開墾合資会社業務担当社員。広島水力電気株式会社創立、取締役会長。渋沢家洲崎養魚場開設 〔57歳〕 渋沢関係略年譜
- 極板一枚の容量10アムペア時程度の蓄電池を製作した。これが当所に於ける蓄電池の工業的製造の端緒である。 改組以前
明治36年(1903) - 【渋沢栄一】東宮御慶事奉祝会副会長・会計監督。インフルエンザ罹患、喘息を併発。京釜鉄道株式会社理事。〔63歳〕 渋沢関係略年譜
1月 京都市上京区河原町二条南一ノ船入町に約1500坪を買収して工場を新築。 改組以前
明治37年(1904) - 【渋沢栄一】風邪をこじらせ長期に静養。韓国興業株式会社設立、監督。〔64歳〕 渋沢関係略年譜
- 海軍へ納入した蓄電池が日本海々戦において無線通信に使用せられ不滅の功績を残した。 改組以前
明治39年(1906) - 【渋沢栄一】大日本麦酒株式会社設立、取締役。南満州鉄道株式会社設立委員。京阪電気鉄道会社創立・創立委員長(後に相談役)。大日本製糖株式会社設立、相談役。名古屋電力株式会社創立・相談役。東海倉庫株式会社創立・相談役。明治製糖創立・相談役。〔66歳〕 渋沢関係略年譜
9月 神田区錦町1の18に東京出張所新築。 改組以前
明治42年(1909) - 【渋沢栄一】多くの企業・団体の役員を辞任。渡米実業団を組織し団長として渡米。タフト大統領と会見。〔69歳〕【竜門社】組織を変更し、社則を改正。青淵先生の道徳経済合一説を広め実践する団体に性格を変える。 渋沢関係略年譜
8月 福岡市天神町に九州販売店を設置。 改組以前
明治43年(1910) - 【渋沢栄一】政府諮問機関の生産調査会創立・副会長。社団法人東京銀行集会所会長。〔70歳〕【竜門社】青淵先生の七十寿祝賀会を開催する。 渋沢関係略年譜
1月 月刊雑誌サイエンスを発刊。 改組以前
11月 先代源蔵の17回忌法要を機とし京都南禅寺天授庵の瑩域に島津製作所勤労者之墓を建て、従業員物故者の共同納骨所とし、爾来年1回慰霊祭の式典をを行うこととした。 改組以前
11月 陸軍へ50センチコイルを納入した。 改組以前
- 訪支実業団京都実業家代表として所主源蔵支那各地を歴訪し、帰朝後芝離宮に於て賜餐の光栄に浴した。 改組以前
明治44年(1911) - 【渋沢栄一】日露協会評議員。維新史料編纂会委員。財団法人済生会設立、顧問・評議員。勲一等に叙し瑞宝章を授与される。〔71歳〕 渋沢関係略年譜
11月 東京出張所を東京支店と改称。 改組以前
- 初めて完備した医療用レントゲン装置を作り日本赤十字社大津支部病院に納入した。 改組以前
大正元年(1912) - 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。帰一協会成立。〔72歳〕 渋沢関係略年譜
10月 京都市新町今出川に蓄電池工場を建設、河原町から蓄電池工場を分離移転。 改組以前
1912年 - 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。帰一協会成立。〔72歳〕 渋沢関係略年譜
- 直流X線装置を改め直接交流電源に接続する日本最初の交流X装置の製作に成功。 改組以前
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