住友精密工業(株)『住友精密工業五十年史 : 1961-2010』(2011.10)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
大正5年(1916) - 【渋沢栄一】第一銀行の頭取等を辞め実業界を引退。日米関係委員会が発足・常務委員。理化学研究所創立委員長。〔76歳〕【竜門社】青淵先生の喜寿祝賀会開催し、記念品として林泰輔編『論語年譜』を青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
1月 初の国産飛行船・雄飛号、東京から大阪までの長距離実験飛行に成功 業界、一般
9月 工場法施行(日本初の労働保護法) 業界、一般
- 住友伸銅所、海庫より飛行船ツェッペリン号の素材デュラルミンを受け取り、研究を受託 全社
- 第一次世界大戦による好景気 業界、一般
大正6年(1917) - 【渋沢栄一】日米協会創立・名誉副会長。〔77歳〕 渋沢関係略年譜
9月 日本金本位制廃止 業界、一般
10月 三菱造船設立 業界、一般
- 住友伸銅所、デュラルミンの分析を開始 全社
大正7年(1918) - 【渋沢栄一】渋沢栄一著『徳川慶喜公伝』(竜門社)刊行。〔78歳〕 渋沢関係略年譜
11月 第一次世界大戦終結 業界、一般
- 軍需工場動員法公布 業界、一般
大正9年(1920) - 【渋沢栄一】国際聯盟協会創立・会長。日華実業協会創立、会長。子爵を授けられる。〔80歳〕【竜門社】青淵先生八十寿及び子爵へ陞爵の祝賀会を開催し、記念として青淵文庫を青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
5月 わが国初のメーデー 業界、一般
- 住友伸銅所、国内で初めてデュラルミンの工業生産に成功し「住友軽銀」と名づける 全社
大正10年(1921) - 【渋沢栄一】排日問題善後策を講ずるため渡米。ハーディング大統領と会見。〔81歳〕【渋沢敬三】東京帝大経済学部卒業。横浜正金銀行へ入行。 渋沢関係略年譜
2月 住友総本店を住友合資会社に改組 全社
11月 ワシントン海軍軍縮会議始まる 業界、一般
大正11年(1922) - 【渋沢栄一】小畑久五郎翻訳、栄一序文『アンドルー・カーネギー自伝』冨山房より刊行。日仏協会会頭。〔82歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行ロンドン支店転任。 渋沢関係略年譜
2月 ワシントン海軍軍縮会議終わる 業界、一般
4月 陸海軍と伸銅所の技術者をドイツに派遣、ドイツ、英国の主要工場見学後、翌年2月帰国 全社
4月 健康保険法公布 業界、一般
大正14年(1925) - 【渋沢栄一】製鉄鋼調査会委員。史籍協会評議員。浅草寺臨時営繕局顧問。〔85歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行退職。 渋沢関係略年譜
4月 東京―大阪間、大阪―福岡間に初の飛行郵便開始 業界、一般
- 住友伸銅所、デュラルミン製プロペラ・ブレード素材を国内で初めて製作 全社
大正15年(1926) - 【渋沢栄一】日本太平洋問題調査会創立・評議員会長。日本放送協会創立・顧問。〔86歳〕【渋沢敬三】澁澤倉庫取締役に就任。第一銀行取締役に就任。東京貯蓄銀行取締役に就任。 渋沢関係略年譜
7月 住友伸銅所が住友伸銅鋼管に改組 全社
1926年 - 【渋沢栄一】日本太平洋問題調査会創立・評議員会長。日本放送協会創立・顧問。〔86歳〕【渋沢敬三】澁澤倉庫取締役に就任。第一銀行取締役に就任。東京貯蓄銀行取締役に就任。 渋沢関係略年譜
12月 大正天皇崩御。「昭和」と改元 業界、一般
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