豊田工機(株)『豊田工機二十年』(1961.05)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和16年(1941) - 【渋沢敬三】全国貯蓄銀行協会会長に就任。第一銀行副頭取に就任。 渋沢関係略年譜
1月28日 トヨタ自動車工業臨時株主総会(豊田工機の分離を決定) 社内
3月22日 臨時資金調整法による会社設立認可(大蔵大臣) 社内
4月13日 日ソ中立条約成立 社外
4月28日 創立総会(於 挙母トヨタ自動車)//▽取締役に豊田利三郎・豊田喜一郎・菅隆俊・赤井久義・木村柳太郎・千種治郎吉・岩岡次郎・高岡益治選任、監査役に豊田平吉・岡部岩太郎・岡野栄三・佐藤亀次郎選任//▽定款承認//(目的)(1)工作機械・鋳造用機械・一般機械並に工具治具の製造販売//(2)前号機械工具治具の修繕//(3)前各号に関する発明研究並にその利用//(4)前各号に付帯関連する一切の業務//(5)前各号の外必要に応じ有価証券の保有並にこれが利用をなし他の法人若しくは個人の事業に対し投資融資保証をなし又法人を設立するため発起人となることを得//▽取締役社長に豊田利三郎、取締役副社長に豊田喜一郎、常務取締役に菅隆俊就任 社内
5月1日 会社設立(登記)資本金800万円(400万円払込済 400万円未払込)仮事務所を挙母町トヨタ自動車工業内におき営業を開始//(譲受資産)土地 19町8畝21分(57,252坪)//機械 199 工具及什器 1式//用度品・仕掛品 1式 社内
8月21日 工作機械製造事業譲渡の許可(商工大臣)第一期建設工事 社内
11月17日 第1回定時株主総会(於 名古屋市トヨタ金融(株)事務所)//取締役赤井久義辞任、岡野栄三選任、監査役岡部岩太郎 岡野栄三辞任、山中清一選任 社内
12月8日 太平洋戦争勃発 社外
12月19日 EJ形精密中ぐり盤・多軸ボール盤B形パワーユニットにつき商工省機械試験所の新機種審査を受く 社内
12月24日 取締役岡野栄三辞任 社内
昭和17年(1942) - 【渋沢敬三】日本銀行(以下、日銀)副総裁就任、これに伴い第一銀行など辞任。 渋沢関係略年譜
2月15日 シンガポール陥落 社外
2月 工務室・設計・食堂・更衣室落成 社内
3月 事務部・技術部刈谷本社に移転 社内
4月18日 米機はじめて東京・名古屋・神戸空襲 社外
4月20日 HD200形半自動多刃旋盤・FB12形自動多刃旋盤につき商工省機械試験所の新機種審査を受く 社内
5月20日 第2回定時株主総会(於 名古屋市豊田産業(株)事務所)//取締役に伊東利郎選任 社内
6月5日 ミッドウェイ海戦 社外
6月30日 焼入工場・高架水槽落成 社内
6月 機械工場完成、中旬に機械搬入開始 社内
7月20日 事務所・医局落成 社内
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