沖電気工業(株)『進取の精神 : 沖電気120年のあゆみ』(2001.11)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治23年(1890) - 【渋沢栄一】貴族院議員に任ぜられる。三本木渋沢農場開墾開始。〔50歳〕 渋沢関係略年譜
4月 大阪の曽根崎村に仮営業所を開設(20) 当社事項
12月 東京と横浜で電話交換業務開始(17) 業界・一般事項
明治24年(1891) - 【渋沢栄一】日本製帽会社相談役。東京交換所創立・委員長。東京商業会議所会頭。〔51歳〕 渋沢関係略年譜
4月 ロンドン―パリ間で電話開通 業界・一般事項
7月 広島に出張所を開設(20) 当社事項
明治27年(1894) - 【渋沢栄一】東京瓦斯株式会社取締役会長。東京海上保険株式会社取締役。北越鉄道株式会社創立発起人。札幌麦酒株式会社取締役会長。〔54歳〕 渋沢関係略年譜
8月 日清戦争始まる(20) 業界・一般事項
11月 京橋新栄町の工場が完成し、新肴町・新富町の工場を移転・統合(21) 当社事項
- スウェーデンでクロスバスイッチの原理を発明 業界・一般事項
明治28年(1895) - 【渋沢栄一】東京統計協会終身会員。〔55歳〕 渋沢関係略年譜
- マルコーニ(伊)、無線電信に成功(29、47) 業界・一般事項
明治29年(1896) - 【渋沢栄一】日本精糖会社創立・取締役。東京興信所創立、評議員。東京銀行集会所会長。東京印刷株式会社設立・相談役。東洋汽船株式会社創業、監査役。東京建物株式会社創立発起人。第一国立銀行が営業満期により第一銀行となる。引続き頭取。汽車製造合資会社設立・創立委員(後に監査役)。北越石油株式会社創業・相談役。日本勧業銀行設立委員。〔56歳〕【渋沢敬三】父・渋沢篤二、母・敦子の長男として都内深川に生まる。 渋沢関係略年譜
3月 新肴町の営業所を京橋水谷町白魚河岸に移転、沖商会として独立(22) 当社事項
4月 第1次電話拡張7カ年計画発足(21) 業界・一般事項
11月 国産初の直列複式交換機が東京浪花町分局で稼働(23) 当社事項
明治31年(1898) - 【渋沢栄一】浅野セメント合資会社監査役。韓国視察、韓国皇帝に謁見。王子製紙株式会社取締役会長を辞す(後に相談役)〔58歳〕 渋沢関係略年譜
3月 WE社(米)から提携申込み、交渉不調に終わる(24) 当社事項
明治32年(1899) - 【渋沢栄一】衆議院議員選挙法改正規制同盟会会長。福田会名誉顧問。大蔵省より北海道拓殖銀行設立委員に任命。京仁鉄道合資会社設立、取締役社長。銀行倶楽部委員 〔59歳〕 渋沢関係略年譜
5月 合名会社沖商会設立、資本金15万円(26) 当社事項
7月 日本電気(株)設立(26) 業界・一般事項
- デルビル、ソリッドバック電話機を製作(27) 当社事項
明治33年(1900) - 【渋沢栄一】京釜鉄道株式会社創立委員長。日本興業銀行設立委員。黒須銀行相談役。〔60歳〕【竜門社】青淵先生の還暦祝賀として『青淵先生六十年史 一名近世実業発達史』を刊行、青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
5月 月島に第2工場を新設(27) 当社事項
9月 新橋、上野両駅に自動(公衆)電話機設置 業界・一般事項
10月 合名会社を解散、匿名組合に改組、資本金10万円(26) 当社事項
明治35年(1902) - 【渋沢栄一】合名会社中井商店顧問。清韓協会設立・幹事長。京仁鉄道合資会社取締役社長。兼子夫人同伴で欧米視察。ルーズベルト大統領と会見。〔62歳〕 渋沢関係略年譜
1月 日英同盟成立 業界・一般事項
- 長崎局に国産初の磁石式並列複式交換機を納入 当社事項
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