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(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
| 年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
|---|---|---|---|
| 元禄8年(1695) | 8月 | 幕府、金銀貨を改鋳(元禄改鋳) | 業界・一般■は林業関連事項 |
| 元禄10年(1697) | 2月4日 | 抜合いにつき評定所裁決、分水線を境界とする(閏2月) | 別子◆は山林関連事項 |
| - | (この年)◆炭の運上賦課方式を炭竈数から貫目改めに変更 | 別子◆は山林関連事項 | |
| 元禄11年(1698) | 1月 | 輸出銅定高八九〇万二〇〇〇斤、この頃日本の産銅高絶頂 | 業界・一般■は林業関連事項 |
| 12月28日 | ◆代官山木与惣左衛門、勘定奉行荻原重秀に別子銅山の将来構想を答申、炭山確保のため一柳権之丞知行所の転封を進言 | 別子◆は山林関連事項 | |
| - | (この年)別子産銅二五三万斤余、江戸時代の最高を記録 | 別子◆は山林関連事項 | |
| 元禄12年(1699) | 2月 | ◆鍛冶炭に対する運上の引き下げ認可 | 別子◆は山林関連事項 |
| 6月 | ◆炭俵用の茅採取につき別子山村への代金支払い開始 | 別子◆は山林関連事項 | |
| 元禄14年(1701) | 1月 | 銀座加役の銅座(第一次)設立、正徳2年まで | 業界・一般■は林業関連事項 |
| 4月 | 京都糸割符仲間(銭座)長崎屋忠七ら三名、立川銅山請負稼行 | 別子◆は山林関連事項 | |
| 10月 | ◆鋪内留木に生木の使用許可 | 別子◆は山林関連事項 | |
| 12月 | 炭運上の賦課方式を出来銅高への割付に変更 | 別子◆は山林関連事項 | |
| 元禄15年(1702) | 1月 | 住友家四代友芳出府、勘定奉行荻原重秀に産銅増加策を上申 | 別子◆は山林関連事項 |
| 3月 | 拝借金一万両、買請米六〇〇〇石、別子銅山永代稼業、新居浜浦使用、いずれも認可 | 別子◆は山林関連事項 | |
| 6月 | 吉岡銅山第二次稼行、正徳5年まで | 住友関連事項●は林業所関連事項 | |
| 12月14日 | 赤穂浪士、吉良義央を討つ | 業界・一般■は林業関連事項 | |
| - | (この年)◆別子山村の御林が銅山附として下げ渡される | 別子◆は山林関連事項 | |
| 1704年 | - | (この年)立川銅山と周辺村々幕領となる | 別子◆は山林関連事項 |
| 宝永3年(1706) | 10月15日 | ◆上野村山林、立川銅山の炭山となる | 別子◆は山林関連事項 |
| 宝永4年(1707) | 2月 | ◆土佐領大平村・小麦畝村の炭山見分を出願 | 別子◆は山林関連事項 |
