※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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大正6年(1917) | - | 【渋沢栄一】日米協会創立・名誉副会長。飛鳥山邸(曖依村荘)に晩香廬落成、喜寿の祝いに合資会社清水組より贈られる。〔77歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
- | 辰馬汽船株式会社の新造船用瞬滅火花式無線電信機受注 | 当社主要事項 | |
- | 川崎造船所から瞬滅火花式無線電信機受注 | 当社主要事項 | |
大正7年(1918) | - | 【渋沢栄一】渋沢栄一著『徳川慶喜公伝』(竜門社)刊行。〔78歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
4月 | 逓信省の指定工場となる | 当社主要事項 | |
4月 | 共同漁業株式会社(現・日本水産株式会社)の海洋丸に我国初の漁獲物運搬船用の入力0.9kVA瞬滅火花式無線電信機装備 | 当社主要事項 | |
7月 | 米騒動 | 参考事項 | |
8月 | シベリア出兵宣言 | 参考事項 | |
9月 | 高性能受信管ルミオンを完成し、これを用いた船舶用受信管を完成、辰馬汽船の呉羽丸に初めて装備 | 当社主要事項 | |
11月 | 第1次世界大戦終結 | 参考事項 | |
12月 | 社団法人電信協会無線電信講習所創設 | 参考事項 | |
- | 日本郵船株式会社からカルカッタ丸外1隻の瞬滅火花式無線電信機受注 | 当社主要事項 | |
大正8年(1919) | - | 【渋沢栄一】アメリカ合衆国政府より日米船鉄交換争議の仲裁人を委嘱される。財団法人協調会創立・副会長。〔79歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
4月 | 陸軍の指定工場となる | 当社主要事項 | |
5月 | ロシア駐日通商部注文の入力0.6kVA瞬滅火花式無線電信機一式初めて輸出 | 当社主要事項 | |
6月 | 陸軍の航空機用無線機受注 | 当社主要事項 | |
10月 | 株式会社北辰商会(後の北樺太石油株式会社)に北樺太チャイオー鉱区に設備の入力3kVA瞬滅火花式無線電信装置一式納入 | 当社主要事項 | |
- | 数種の受信管(検波・増幅用)の開発に成功 | 当社主要事項 | |
- | ショトキー(独)4極真空管発明 | 参考事項 | |
- | アームストロング(米)スーパーヘテロダイン回路を発明 | 参考事項 | |
大正9年(1920) | - | 【渋沢栄一】社団法人国際聯盟協会創立・会長。日華実業協会創立、会長。子爵を授けられる。〔80歳〕【竜門社】青淵先生八十寿及び子爵へ陞爵の祝賀会を開催し、記念として青淵文庫を青淵先生に贈呈する。 | 渋沢関係略年譜 |
1月 | 国際連盟成立加入 | 参考事項 | |
2月15日 | 日本無線電信電話株式会社設立//資本金 100万円//代表取締役 門野重九郎//本社及び工場 東京府豊多摩郡渋谷町大字下渋谷1280番地(合資会社に同じ) | 当社主要事項 | |
3月 | 財界恐慌、各市場暴落 | 参考事項 |