※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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昭和14年(1939) | - | 【竜門社】財団法人渋沢青淵翁記念会と共催で「青淵先生生誕百年記念祭」を挙行する。日本実業史博物館建設地鎮祭を挙行する。 | 渋沢関係略年譜 |
- | 標準信号発生器発売 | 当社関連事項 | |
- | 朝香宮家自動車にスーパー受信機製作取付け(わが国初の自動車ラジオとなる) | 当社関連事項 | |
- | 明野航空隊に超短波無線機納入 | 当社関連事項 | |
- | 電気庁設置 | 松下電器・社会情勢一般 | |
- | 第2次欧州大戦勃発 | 松下電器・社会情勢一般 | |
昭和15年(1940) | - | 【竜門社】第100回会員総会並に記念展観を開催する。 | 渋沢関係略年譜 |
- | 技術者養成実習所設置 | 当社関連事項 | |
- | オシロスコープ(CT-75型)発売 | 当社関連事項 | |
- | クリスタルマイク発売 | 当社関連事項 | |
- | 松下電器、第1回経営方針発表会開催 | 松下電器・社会情勢一般 | |
- | 松下病院竣工 | 松下電器・社会情勢一般 | |
昭和16年(1941) | - | 【渋沢敬三】全国貯蓄銀行協会会長に就任。第一銀行副頭取に就任。 | 渋沢関係略年譜 |
- | 東京研究所、門真に移転、研究所跡に東京工場設置 | 当社関連事項 | |
- | 防空用ナショナル国民拡声機発売 | 当社関連事項 | |
- | 太平洋戦争勃発 | 松下電器・社会情勢一般 | |
昭和17年(1942) | - | 【渋沢敬三】日本銀行(以下、日銀)副総裁就任、これに伴い第一銀行など辞任。 | 渋沢関係略年譜 |
- | 可搬型拡声装置(国民30号)発売 | 当社関連事項 | |
- | 陸軍に無線機(5号、6号)超短波レーダー納入 | 当社関連事項 | |
- | 米空軍、日本本土初空襲 | 松下電器・社会情勢一般 | |
昭和18年(1943) | - | 【渋沢敬三】大東亜会議に来日のスバス・チャンドラ・ボース、約4週間綱町邸に逗留。 | 渋沢関係略年譜 |
- | 陸軍用無線機の製造部門奈良県郡山に、海軍用無線機の製造部門大阪府四条に、航空電気部は大阪府泉北郡にそれぞれ疎開(終戦後閉鎖) | 当社関連事項 | |
- | イタリア降伏 | 松下電器・社会情勢一般 | |
- | 松下電器、M矢の社章を三松葉の社章に改定 | 松下電器・社会情勢一般 | |
昭和19年(1944) | - | 【竜門社】機関誌『竜門雑誌』669号を発行、以後休刊する。岩波書店より『渋沢栄一伝記資料』第1巻が刊行される。【渋沢敬三】結城日銀総裁辞任につき、日銀総裁に就任。総裁時代一度も東京を離れず。 | 渋沢関係略年譜 |
- | 組織改正//松下無線、松下電器に吸収、無線製造所となる | 当社関連事項 |