(株)安川電機製作所『安川電機40年史 : 1915-1955』(1956.04)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和5年(1930) - 【渋沢栄一】明治神宮外苑聖徳記念絵画館に壁画献納。財団法人楽翁公遺徳顕彰会会長。〔90歳〕 渋沢関係略年譜
5月 資本金を再び300万円に増資す。 略年表
12月 業績不振のため工員119名を解雇し、職員32名を休職に附す。 略年表
- ゲートエンドボックスに切羽開閉器という名称を付して製作開始。これ以後切羽開閉器の名称が一般に使用されるようになった。 技術年表
- 圧延機用3相誘導電動機2,000H.P.428R.P.M.を八幡製鉄所に納入。 技術年表
- 製氷アンモニヤコンプレッサ用として軸受省略型同期電動機160H.P.190R.P.M.および110H.P.200R.P.M.を製作。以後大型コンプレッサ用電動機は当社が独占的に各所に納入。 技術年表
- この年、製造品目の整理に着手す。 略年表
昭和6年(1931) - 【渋沢栄一】癩予防協会会頭・理事。11月11日永眠。〔91歳〕【渋沢敬三】東京貯蓄銀行会長に就任。 渋沢関係略年譜
- わが国で初めてコンデンサモートル1/4H.P.を製作す。 技術年表
- 高速度旋盤用として3重速度極数変換3相誘導電動機を株式会社大隈鉄工所に納入。工作機械が押釦制御になったのはこれがわが国で最初である。 技術年表
- 電磁開閉器HB1型を製作し銀接触片を採用す。強電方面の接触子に銀接触片を用いたのはこれが本邦で最初である。 技術年表
- 直方市の福岡県鉱山監督局石炭坑爆発予防調査所(現在の資源庁技術試験所)において切羽開閉器の防爆試験を行う。 技術年表
昭和7年(1932) - 【竜門社】第一次青淵先生伝記資料編纂事業を開始する。【渋沢敬三】第一銀行常務取締役就任。 渋沢関係略年譜
4月 支配人布目斉司郎休職す。 略年表
5月 支配人制を廃し、営業・技術の2部制とす。東京支部および名古屋出張所を開設し、大阪出張所を営業所とす。 略年表
- 製造品目を大幅に整理して電動機および制御器の専門工場となる。 技術年表
- 逆相制動用継電器を製作。 技術年表
- この年、製造品目の整理を完了して電動機・制御器の専門工場となる。 略年表
昭和8年(1933) - 【竜門社】青淵先生の遺言により渋沢家から曖依村荘を受贈する。財団法人渋沢青淵翁記念会が東京・常盤橋公園に青淵先生の銅像を建てる。 渋沢関係略年譜
3月 創立以来初めて利益を計上す。 略年表
5月 取締役布目斉司郎辞任す。 略年表
10月 工場改造計画、重役会にて承認さる。 略年表
- スーパシンクロナスモータの世界的容量記録品1,100H.P.125R.P.M.を浅野セメント株式会社門司工場に納入。 技術年表
- 製糖分蜜機用立軸型2重カゴ形3相誘導電動機30H.P.1,200R.P.M.を台湾製糖株式会社に納入。 技術年表
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