浦賀船渠(株)『浦賀船渠六十年史』(1957.06)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
享保5年(1720) 12月25日 *下田奉行所を浦賀に移設〔1編2章3節〕 *一般事項
嘉永6年(1853) 6月3日 *ペリ米艦四隻を率いて浦賀に来航、同九日久里浜海岸でペリから国書を受領〔1編2章4節〕 *一般事項
嘉永7年(1854) - 【渋沢栄一】家業の畑作、養蚕、藍問屋業に精励。〔14歳〕 渋沢関係略年譜
1月16日 *ペリ米艦九隻を率いて再び浦賀に来航、小柴沖に投錨〔1編2章4節〕 *一般事項
3月3日 *神奈川で日米和親条約締結〔1編2章4節〕 *一般事項
5月4日 *浦賀で初めて欧式三橋船鳳凰丸を建造〔1編2章5節〕 *一般事項
9月15日 *幕府大船建造の禁を解除〔1編1章3節〕 *一般事項
11月 *浦賀に幕府の造船所を設置〔1編2章5節〕 *一般事項
万延元年(1860) 10月19日 *幕府軍艦咸臨丸浦賀で修理ののち出港〔1編2章5節〕 *一般事項
慶応2年(1866) - 【渋沢栄一】徳川慶喜、征夷大将軍となり、栄一は幕臣となる。〔26歳〕 渋沢関係略年譜
9月 *横須賀製鉄所起工〔1編2章6節〕 *一般事項
慶応4年(1868) - 【渋沢栄一】明治維新によりフランスより帰国、静岡で慶喜に面会。〔28歳〕 渋沢関係略年譜
4月20日 *横須賀製鉄所政府に移管(のちに横須賀造船所と改称)〔1編2章6節〕 *一般事項
9月8日 *明治と改元(慶応三年一〇月一四日大政奉還)〔1編2章6節〕 *一般事項
10月10日 *榎本武揚同士とともに幕府軍艦に乗船して江戸湾を脱走〔2編1章1節〕 *一般事項
明治5年(1872) - 【渋沢栄一】大蔵少輔事務取扱。抄紙会社設立出願。〔32歳〕 渋沢関係略年譜
- *浦賀に海軍省造船局出張所を設置、同八年同所に浦賀水兵屯集所を設置〔1編2章6節〕 *一般事項
明治22年(1889) - 【渋沢栄一】東京石川島造船所創立・委員(後に取締役会長)。門司築港会社創立・相談役。田川採炭株式会社創立・相談役。三重紡績株式会社相談役。北海道炭礦鉄道会社常議員〔49歳〕 渋沢関係略年譜
4月17日 *浦賀水兵屯集所廃止(明治一八年浦賀屯営と改称)〔1編2章6節〕 *一般事項
6月16日 *横須賀線開通〔1編2章6節〕 *一般事項
7月20日 *浦賀屯営跡に陸軍要塞砲兵幹部練習所設置〔1編2章6節〕 *一般事項
明治27年(1894) - 【渋沢栄一】東京瓦斯株式会社取締役会長。東京海上保険株式会社取締役。北越鉄道株式会社創立発起人。札幌麦酒株式会社取締役会長。〔54歳〕 渋沢関係略年譜
8月1日 *日清戦争勃発〔2編概観〕 *一般事項
9月 創立事務所を浦賀に設置、事業地の選定および買収を開始〔2編1章4節〕
明治28年(1895) - 【渋沢栄一】東京統計協会終身会員。〔55歳〕 渋沢関係略年譜
4月17日 *日清講和条約調印〔2編概観〕 *一般事項
10月25日 *株式会社東京石川島造船所浦賀分工場(川間)鍬入式〔2編3章1節〕 *一般事項
PAGE TOP