川崎重工業(株)『川崎重工業株式会社社史. 年表・諸表』(1959.10)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
慶応4年(1868) - 【渋沢栄一】明治維新によりフランスより帰国、駿河国駿府(現在の静岡県静岡市)で慶喜に面会。〔28歳〕 渋沢関係略年譜
8月19日 太政官布告「管船令」発布 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項]
- ○米人ミュアヘッド、小蒸気船などの修理のため、現海岸通3丁目付近に桟橋工場を設置 創業前史 天保3年(1832)―明治10年(1877)//当社主要事項
- ○米人ウェスチングハウス、空気制動機を発明 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項]
明治元年(1868) - 【渋沢栄一】明治維新によりフランスより帰国、駿河国駿府(現在の静岡県静岡市)で慶喜に面会。〔28歳〕 渋沢関係略年譜
9月8日 「明治」と改元、一世一元の制度制定 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項]
11月1日 神戸・二ツ茶屋・走水の三村合併し神戸町と呼称 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項]
11月2日 海軍局を東京築地に設置 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項]
- ○米価 1升 6銭 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項]
明治2年(1869) - 【渋沢栄一】駿府藩(後に静岡藩)に「商法会所」設立。上京。明治政府に仕え、民部省租税正となる。民部省改正掛掛長を兼ねる。湯島天神中坂下(現在の東京都文京区湯島)に居を構える。〔29歳〕 渋沢関係略年譜
1月1日 東京湾観音崎灯台点灯(わが国最初の洋式灯台) 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項]
3月3日 大聖寺藩大津造船工場にて汽船「一番丸」進水(わが国における川蒸気船建造の最初) 創業前史 天保3年(1832)―明治10年(1877)//当社主要事項
3月28日 東京遷都 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項]
3月 大聖寺藩、大津に汽船局を設置 創業前史 天保3年(1832)―明治10年(1877)//当社主要事項
4月8日 太政官に民部官を設置し、水陸運輸を管掌 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項]
4月 日支貿易商会(China Japan Trading & Co.)は東川崎町2丁目(湊川口東岸 現当社構内)に土地約1,500坪を借用、桟橋工場を移転、製鉄工場を設立し、バルカン鉄工所と改称 主として小蒸気船の造修・鉄工などに従事 創業前史 天保3年(1832)―明治10年(1877)//当社主要事項
4月 加賀・大聖寺両藩、藩士遠藤友治郎・関沢孝三郎・石川嶂ら(3人)の建議に基づき、造船・鉄工のため共同経営による兵庫製鉄所の設置を決定 創業前史 天保3年(1832)―明治10年(1877)//当社主要事項
4月 2代兵庫県知事 久我維麿 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項]
5月 3代〃[兵庫県知事]中島錫胤 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項]
6月17日 版籍奉還 知藩事を設置 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項]
6月 4代兵庫県知事 陸奥宗光 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項]
7月8日 民部官を民部省と改称 兵部省(陸・海軍を所管)・大蔵省設置 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項]
8月15日 蝦夷(えぞ)を北海道と改称 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項]
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