(株)川崎造船所『川崎造船所四十年史』(2003.10)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治31年(1898) - 【渋沢栄一】浅野セメント合資会社監査役。韓国視察、韓国皇帝に謁見。王子製紙株式会社取締役会長を辞す(後に相談役)〔58歳〕 渋沢関係略年譜
3月15日 第三回株式払込ヲ了ス、一株ニ付金五円総株数四万株ナリ
9月15日 第四回株式払込ヲ了ス、一株ニ付金五円総株数四万株ナリ
明治32年(1899) - 【渋沢栄一】衆議院議員選挙法改正規制同盟会会長。福田会名誉顧問。大蔵省より北海道拓殖銀行設立委員に任命。京仁鉄道合資会社設立、取締役社長。銀行倶楽部委員 〔59歳〕 渋沢関係略年譜
10月15日 臨時株主総会ニ於テ取締役全部重任ス
12月1日 第五回株式払込ヲ了ス、一株ニ付金五円総株数四万株ナリ
明治33年(1900) - 【渋沢栄一】京釜鉄道株式会社創立委員長。日本興業銀行設立委員。黒須銀行相談役。〔60歳〕【竜門社】青淵先生の還暦祝賀として『青淵先生六十年史 一名近世実業発達史』を刊行、青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
4月15日 第六回株式払込ヲ了ス、一株ニ付金五円総株数四万株ナリ//此分ニテ資本金全額払込済トナル
6月 北清事変起ル
9月 帝国一等水雷艇千鳥進水ス
10月15日 監査役外山脩造氏重任シ、同川崎八右衛門氏辞任シタルニ付佐藤暢氏監査役ニ就任ス
12月15日 資本金ヲ四百万円也ニ倍額増資ス
明治34年(1901) - 【渋沢栄一】大阪瓦斯会社監査役。日本女子大学校開校・会計監督(後に校長)。東京・飛鳥山邸を本邸とする。京釜鉄道株式会社取締役、後に取締役会長。茨城採炭株式会社創立、相談役。〔61歳〕 渋沢関係略年譜
5月23日 百五十キロワツト発電機二台ノ据付ヲ完成シ、各工場諸機械運転ノ電化ヲ行ウ
7月1日 松方社長清国上海税関ト造船契約締結調印ノ為メ同地ヘ出張ス
10月18日 監査役全部重任ス
10月 帝国二等水雷艇第三十五、三十六、六十及六十一号進水ス
明治35年(1902) - 【渋沢栄一】合名会社中井商店顧問。清韓協会設立・幹事長。京仁鉄道合資会社取締役社長。兼子夫人同伴で欧米視察。ルーズベルト大統領と会見。〔62歳〕 渋沢関係略年譜
3月31日 第一回社債金壱百万円也ヲ募集シ全額払込ヲ了ス
5月 清国政府註文ノ鋼製汽船流星号進水ス、コレ当社ガ外国ヨリ註文ヲ引受ケタル最初ノ船ナリ
7月23日 松方社長欧米各国工業視察ノ為メ出発ス
8月7日 取締役一名、監査役一名補欠選挙ノ結果、佐藤暢氏取締役ニ田口逆氏監査役ニ就任ス
9月1日 第二回社債金壱百万円也ヲ募集シ、安田銀行全額ヲ引受ケ払込ヲ了ス
11月 予テ築造工事中ナリシ乾船渠完成ス
明治36年(1903) - 【渋沢栄一】東宮御慶事奉祝会副会長・会計監督。インフルエンザ罹患、喘息を併発。京釜鉄道株式会社理事。〔63歳〕 渋沢関係略年譜
4月 神戸港ニ於テ大観艦式ヲ挙行セラレシ際、事業奨励ノ御思召ヲ以テ侍従御差遣ノ栄ニ浴ス
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