いすゞ自動車(株)『いすゞ自動車史』(1957.04)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
嘉永6年(1853) 12月5日 徳川斉昭、石川島に造船所設立(明治5年海軍省に移管さる)。 社内の主要記事
明治9年(1876) - 【渋沢栄一】東京府瓦斯局事務長。東京養育院院長。〔36歳〕 渋沢関係略年譜
10月 平野富二氏石川島に石川島平野造船所を設立。 社内の主要記事
明治22年(1889) - 【渋沢栄一】東京石川島造船所創立・委員(後に取締役会長)。門司築港会社創立・相談役。田川採炭株式会社創立・相談役。三重紡績株式会社相談役。北海道炭礦鉄道会社常議員〔49歳〕 渋沢関係略年譜
1月 有限責任石川島造船所創立(明治26年9月、株式会社東京石川島造船所と改称)。 社内の主要記事
明治25年(1892) - 【渋沢栄一】東京貯蓄銀行創立・取締役(後に取締役会長)。元日本製帽を買収し東京帽子株式会社設立・取締役会長。〔52歳〕 渋沢関係略年譜
- ルドルフ・ディーゼルがディーゼルエンジンを完成。 内外の主要記事
明治29年(1896) - 【渋沢栄一】日本精糖会社創立・取締役。東京興信所創立、評議員。東京銀行集会所会長。東京印刷株式会社設立・相談役。東洋汽船株式会社創業、監査役。東京建物株式会社創立発起人。第一国立銀行が営業満期により第一銀行となる。引続き頭取。汽車製造合資会社設立・創立委員(後に監査役)。北越石油株式会社創業・相談役。日本勧業銀行設立委員。〔56歳〕【渋沢敬三】父・渋沢篤二、母・敦子の長男として都内深川に生まる。 渋沢関係略年譜
- フォード第1号車を完成。 内外の主要記事
明治37年(1904) - 【渋沢栄一】風邪をこじらせ長期に静養。韓国興業株式会社設立、監督。〔64歳〕 渋沢関係略年譜
- 山羽虎夫氏、蒸気式自動車を試作。 内外の主要記事
明治43年(1910) - 【渋沢栄一】政府諮問機関の生産調査会創立・副会長。社団法人東京銀行集会所会長。〔70歳〕【竜門社】青淵先生の七十寿祝賀会を開催する。 渋沢関係略年譜
8月17日 東京瓦斯工業株式会社創立(大正2年6月25日、東京瓦斯電気工業株式会社と改称)。 社内の主要記事
- 大阪砲兵工廠で軍用自動車を製造。 内外の主要記事
明治44年(1911) - 【渋沢栄一】日露協会評議員。維新史料編纂会委員。財団法人済生会設立、顧問・評議員。勲一等に叙し瑞宝章を授与される。〔71歳〕 渋沢関係略年譜
- (春)橋本増次郎氏、快進社を創業。 社内の主要記事
大正5年(1916) - 【渋沢栄一】第一銀行の頭取等を辞め実業界を引退。日米関係委員会が発足・常務委員。理化学研究所創立委員長。〔76歳〕【竜門社】青淵先生の喜寿祝賀会開催し、記念品として林泰輔編『論語年譜』を青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
2月 第1次世界大戦において独軍ベルダン大攻撃開始。(~9月) 内外の主要記事
2月 軍用自動車試験班満州において、第2次耐寒運行試験を行う。 内外の主要記事
9月 東京瓦斯電気工業は自動車製造計画を樹て、のちに発動機部長として星子勇氏就任。 社内の主要記事
11月3日 迪宮裕仁親王立太子式の御儀。 内外の主要記事
- 東京石川島造船所は、取締役内田徳郎氏等により自動車製造に関する調査を開始。 社内の主要記事
大正6年(1917) - 【渋沢栄一】日米協会創立・名誉副会長。〔77歳〕 渋沢関係略年譜
2月3日 米国大統領、ドイツに対し国交断絶を声明、(4月6日宣戦布告) 内外の主要記事
3月 露国革命ぼつ発。 内外の主要記事
4月 東京瓦斯電気工業発動機部は、大阪砲兵工廠の命によりフランス製シユナイダータイプ制式軍用4トン自動貨車の製作を開始。 社内の主要記事
4月 日本工業倶楽部設立。 内外の主要記事
7月 9カ年に亘る討議研究の結果、軍用自動車補助法案ならびに同施行細則案決定。 内外の主要記事
- (春)東京石川島造船所において、イタリー製フィアツトを分解模倣して同型品の試作に着手。 社内の主要記事
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