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(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
| 年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
|---|---|---|---|
| 昭和26年(1951) | - | 【竜門社】文部省史料館に日本実業史博物館準備室資料を寄託する。機関誌『青淵』を渋沢青淵記念財団竜門社から発刊する。【渋沢敬三】追放解除。 | 渋沢関係略年譜 |
| 2月6日 | TA10型3トン・ディーゼル・シヤシー3両試作完成。 | 社内の主要記事 | |
| 2月7日 | TA20型3トン・ガソリン・シヤシー2両試作完成。 | 社内の主要記事 | |
| 2月15日 | 前夜半の猛吹雪にて、一般交通杜絶せるため会社は臨時休業となる。 | 社内の主要記事 | |
| 2月 | バス・ボディにリヤー・マーク装着開始。 | 社内の主要記事 | |
| 2月 | DA45型ディーゼル・エンジン、海上保安庁の制式舟艇用エンジンに採用さる。 | 社内の主要記事 | |
| 2月 | 末吉製造所にダイ・シンカー2台増設、型彫能力著しく増大。 | 社内の主要記事 | |
| 2月 | 第4次タイヤ値上に対し日乗、日貨、日通、自家用バス協等、値上反対運動を起す。車輛価格値上げにも自粛申入。 | 内外の主要記事 | |
| 3月6日 | 取締役田坂政養、米国労働関係視察団員として海路渡米。(6月15日帰朝) | 社内の主要記事 | |
| 3月7日 | 自動車工業安全会議発足。 | 内外の主要記事 | |
| 3月 | 川崎製造所に六輪駆動車生産用部品組立設備を新設。 | 社内の主要記事 | |
| 3月 | 川崎製造所のガソリンエンジン組立ライン月産300台に増強。 | 社内の主要記事 | |
| 3月 | 川崎製造所鋳工課においてDA45ディーゼルヘッド予燃室周辺の乾式化の試作開始。(27年3月より量産) | 社内の主要記事 | |
| 4月1日 | いすゞ自動車工業専門学校設立。(1年生100名採用) | 社内の主要記事 | |
| 4月5日 | 米国の対日講和条約草案の全貌を発表。 | 内外の主要記事 | |
| 4月9日 | 創立14週年記念式典を戦後はじめて、全従業員を集め東京日本劇場にて挙行。 | 社内の主要記事 | |
| 4月11日 | マッカーサー元帥、連合国軍総司令官を解任され、後任にリッジウエイ中将就任。 | 内外の主要記事 | |
| 4月14日 | 米国対日援助見返資金より30,000千円を借入れ、機械輸入代金に充当。 | 社内の主要記事 | |
| 4月30日 | 第25回決算(26年上期)は朝鮮動乱にともなう特需と一般需要増加により売上金、利益金とも著増し、利益金80,770,334円19銭をあげ2割配当を行う。 | 社内の主要記事 | |
| 4月 | 特需車両の生産終了。 | 社内の主要記事 | |
| 4月 | 末吉製造所、電気需給契約2,000KWより3,000KWに変更の認可完了。 | 社内の主要記事 |
