鈴木自動車工業(株)『50年史』(1970.04)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
大正8年(1919) - 【渋沢栄一】アメリカ合衆国政府より日米船鉄交換争議の仲裁人を委嘱される。財団法人協調会創立・副会長。〔79歳〕 渋沢関係略年譜
6月28日 対独講和条約成立、大戦景気の反動顕著 一般事項
6月28日 スペイン風邪流行 一般事項
- 業績大いに伸長し、個人経営から会社組織へ切替えの構想をねる 当社関係事項
大正9年(1920) - 【渋沢栄一】社団法人国際聯盟協会創立・会長。日華実業協会創立、会長。子爵を授けられる。〔80歳〕【竜門社】青淵先生八十寿及び子爵へ陞爵の祝賀会を開催し、記念として青淵文庫を青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
3月15日 個人経営であった鈴木式織機製作所を鈴木式織機株式会社に改組、資本金50万円、取締役社長に鈴木道雄が就任 当社関係事項
3月15日 戦後反動恐慌おこる 一般事項
4月7日 株式市場大惨落で立合中止。期米・綿糸・生糸も大暴落 一般事項
5月2日 東京で第1回メーデーおこなわれる 一般事項
10月1日 第1回国勢調査 一般事項
大正10年(1921) - 【渋沢栄一】ワシントン軍縮会議実況視察のため渡米。ハーディング大統領と会見。〔81歳〕【渋沢敬三】東京帝大経済学部卒業。横浜正金銀行へ入行。 渋沢関係略年譜
3月3日 皇太子(現天皇)外遊さる 一般事項
8月 浜松市旭町に出張所を開設、広幅織機の製造開始 当社関係事項
10月6日 メートル法の国際条約に調印 一般事項
11月4日 内閣総理大臣原敬、東京駅頭で暗殺される 一般事項
大正11年(1922) - 【渋沢栄一】小畑久五郎翻訳、栄一序文『アンドルー・カーネギー自伝』冨山房より刊行。日仏協会会頭。アルメニア難民救済委員会委員長。〔82歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行ロンドン支店転任。 渋沢関係略年譜
2月6日 ワシントン会議条約調印 一般事項
6月 第1回増資、鈴木式機械株式会社を合併、資本金100万円となる 当社関係事項
9月 相生町工場完成 当社関係事項
- 第一次世界大戦後、第2回目の反動恐慌おこり、不況慢性化す 一般事項
大正12年(1923) - 【渋沢栄一】日本無線電信株式会社創立委員。大震災善後会創立・副会長、帝都復興審議会委員。〔83歳〕 渋沢関係略年譜
2月 フランス軍のルール占領により鉄材暴騰 一般事項
7月6日 「織機における捲取自動調節装置」特許(サロン織機発明の基礎となる) 当社関係事項
9月1日 関東大震災(死者9万1000人) 一般事項
大正13年(1924) - 【渋沢栄一】財団法人日仏会館創立・理事長。東京女学館・館長。〔84歳〕【竜門社】財団法人竜門社となる。 渋沢関係略年譜
1月26日 皇太子ご結婚 一般事項
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