高砂熱学工業(株)『高砂熱学工業70年の歩み』(1994.03)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
大正9年(1920) - 【渋沢栄一】国際聯盟協会創立・会長。日華実業協会創立、会長。子爵を授けられる。〔80歳〕【竜門社】青淵先生八十寿及び子爵へ陞爵の祝賀会を開催し、記念として青淵文庫を青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
9月 柳町政之助・小林壬、高砂工業に入社、煖房工事部に所属 当社関連(経営)
12月15日 柳町政之助、「煖房と換気」(前編)出版 当社関連(技術)
大正10年(1921) - 【渋沢栄一】排日問題善後策を講ずるため渡米。ハーディング大統領と会見。〔81歳〕【渋沢敬三】東京帝大経済学部卒業。横浜正金銀行へ入行。 渋沢関係略年譜
- 高砂工業煖房工事部、中野蚕業試験場恒温恒湿装置施工(日本人の設計、施工による最初の完全空調) 当社関連(技術)
- 荏原製作所、最初の多翼型送風機製作 一般
- 米キャリア博士、遠心冷凍機発明 一般
大正11年(1922) - 【渋沢栄一】小畑久五郎翻訳、栄一序文『アンドルー・カーネギー自伝』冨山房より刊行。日仏協会会頭。〔82歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行ロンドン支店転任。 渋沢関係略年譜
5月10日 柳町政之助、「煖房と換気」(後編)出版 当社関連(技術)
12月30日 ソビエト社会主義共和国連邦成立 一般
- 高砂工業煖房工事部、東京モスリン紡織名古屋製絨工場に初の井水冷房を施工 当社関連(技術)
大正12年(1923) - 【渋沢栄一】日本無線電信株式会社創立委員。大震災善後会創立・副会長、帝都復興審議会委員。〔83歳〕 渋沢関係略年譜
8月20日 丸ビル完成 一般
9月1日 関東大震災 一般
11月16日 高砂煖房工事株式会社創立(公称資本金50万円、払込資本金12万5,000円、専務原繁造、決算期5月、11月、本店 東京市京橋区五郎兵衛町10番地) 経営
12月28日 第1回定時株主総会開催 経営
大正13年(1924) - 【渋沢栄一】日仏会館開館・理事長。東京女学館・館長。〔84歳〕【竜門社】財団法人竜門社となる。 渋沢関係略年譜
5月 初配当(8%) 経営
7月1日 メートル法制定(完全実施は昭和34年) 一般
7月6日 衛生工業展覧会に高砂式空気洗浄換気装置を出品 技術
- 東京麻布の小田良治氏邸(個人住宅完全空調第1号)施工 技術
大正14年(1925) - 【渋沢栄一】製鉄鋼調査会委員。史籍協会評議員。浅草寺臨時営繕局顧問。〔85歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行退職。 渋沢関係略年譜
4月22日 治安維持法公布 一般
5月5日 普通選挙法公布 一般
7月12日 東京放送局(JOAK)ラジオ放送開始 一般
- 森永製菓鶴見工場施工 技術
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