※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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昭和2年(1927) | - | 【渋沢栄一】日本国際児童親善会創立・会長。日米親善人形歓迎会を主催。航空輸送会社設立準備調査委員会会長。〔87歳〕【渋沢敬三】東洋生命取締役に就任。理化学興業監査役に就任。 | 渋沢関係略年譜 |
12月 | 治具類製作の設備導入 | ||
昭和3年(1928) | - | 【渋沢栄一】日本女子高等商業学校建設後援会発起人。日本航空輸送株式会社創立・創立委員長。〔88歳〕【竜門社】青淵先生米寿祝賀会を開催し、斯文会編訳『国訳論語』等を記念品として青淵先生に贈呈する。 | 渋沢関係略年譜 |
2月 | 本社事務所増築、倉庫新設 | ||
5月 | 試験室(治具・ゲージ測定)、空気圧縮機室を増設 | ||
5月 | 南満州鉄道、当社製エアブレーキ採用 | ||
7月 | 技師押田安之助、A動作弁を発明 | ||
8月 | 大礼記念国産振興東京博覧会に貨車・電車用製品出展、優良国産賞を受ける | ||
昭和4年(1929) | - | 【渋沢栄一】アメリカン・ソサエティ・オブ・メカニカル・エンジニア名誉会員。中央盲人福祉協会創立・会長。〔89歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
1月 | 国鉄客車にA動作弁採用(5.4.国鉄電車に採用) | ||
4月20日 | 工員食堂、更衣室、守衛所新設 | ||
5月 | 大礼記念京都博覧会、大阪市大礼奉祝交通電気博覧会に電車用エアブレーキ装置出展 | ||
10月 | 商工省のリミットゲージ指定工場となる | ||
昭和5年(1930) | - | 【渋沢栄一】明治神宮外苑聖徳記念絵画館に壁画献納。財団法人楽翁公遺徳顕彰会会長。〔90歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
12月 | 小型自動三輪車「ツバサ号」の試作研究に着手 | ||
昭和6年(1931) | - | 【渋沢栄一】癩予防協会会頭・理事。11月11日永眠。〔91歳〕【渋沢敬三】東京貯蓄銀行会長に就任。 | 渋沢関係略年譜 |
4月13日 | 自動三輪車製作の許可を得る | ||
4月 | 「ツバサ号」の試作品完成 | ||
5月 | 発動機製造(現ダイハツ工業)と「ツバサ号」の共同製作を開始 | ||
10月 | 東京都主催の発明奨励展覧会にエアブレーキ装置出展、「優良推奨状」を受ける | ||
12月 | 不況のため一部人員整理 | ||
昭和7年(1932) | - | 【竜門社】第一次青淵先生伝記資料編纂事業を開始する。【渋沢敬三】第一銀行常務取締役就任。 | 渋沢関係略年譜 |
4月 | 東京瓦斯電気工業製作のエアブレーキ部品を当社製作とする | ||
5月 | 日本産業協会主催自動車市場博覧会に出展の自動三輪車に対し感謝状を受ける | ||
5月 | 学術技芸奨励のため陸軍省に自動三輪車1台献納 | ||
8月 | 待遇改善に関し労働争議発生 |