※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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明治41年(1908) | - | 【渋沢栄一】日韓瓦斯株式会社創立、取締役会長。帝国商業銀行相談役。東洋拓殖株式会社設立委員。木曾興業株式会社創立、相談役。アメリカ太平洋沿岸商業会議所代表委員一行を飛鳥山邸(曖依村荘)に招待。〔68歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
3月7日 | 日本国有鉄道青函連絡航路運行開始 | 業界・一般 | |
5月 | 職員従業員の俸給制度制定 | 人事・制度 | |
- | 航海用望遠鏡(16倍)製造 | 技術・生販 | |
明治42年(1909) | - | 【渋沢栄一】古稀に際し多くの企業・団体の役員を辞任。渡米実業団を組織し団長として渡米。タフト大統領と会見。〔69歳〕【竜門社】組織を変更し、社則を改正。青淵先生の道徳経済合一説を広め実践する団体に性格を変える。 | 渋沢関係略年譜 |
3月6日 | 度量衡法制定 | 業界・一般 | |
7月 | 掖済会設立、和田社長、会長に就任 | 人事・制度 | |
明治43年(1910) | - | 【渋沢栄一】政府諮問機関の生産調査会創立・副会長。社団法人東京銀行集会所会長。〔70歳〕【竜門社】青淵先生の七十寿祝賀会を開催する。 | 渋沢関係略年譜 |
4月19日 | エルマースペリー博士により、スペリージャイロスコープ社設立 | 業界・一般 | |
8月29日 | 韓国を併合、朝鮮に改称 | 業界・一般 | |
10月13日 | 資本金を3万円に増資 | 経営・組織 | |
- | 計器研究所設立を企画、建設に着手 | 経営・組織 | |
明治44年(1911) | - | 【渋沢栄一】日露協会評議員。維新史料編纂会委員。財団法人済生会設立、顧問・評議員。勲一等に叙され瑞宝章を授与される。〔71歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
3月29日 | 工場法公布 | 業界・一般 | |
5月1日 | 創立15周年記念大祝賀会を神楽坂魚直庭園で開催 | 経営・組織 | |
5月25日 | 資本金を20万円に増資 | 経営・組織 | |
9月 | スペリー博士発明ジャイロコンパス、戦艦デラウェアにて実用化実験成功 | 業界・一般 | |
- | 和田計器研究所竣工 | 経営・組織 | |
- | 研究所の施設(顕微鏡研究室、機械研究室、物理研究室、光学研究室、方位系研究室など) | 技術・生販 | |
明治45年(1912) | - | 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。帰一協会創立・幹事。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。〔72歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
7月6日 | 第5回オリンピック、ストックホルム大会に日本初参加 | 業界・一般 | |
7月15日 | 製品カタログ発刊 | 技術・生販 | |
大正元年(1912) | - | 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。帰一協会創立・幹事。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。〔72歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
7月30日 | 明治天皇崩御、大正と改元 | 業界・一般 | |
1912年 | - | 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。帰一協会創立・幹事。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。〔72歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
- | 本部を5課、工場部を5部に区分し、和田嘉衡社長および技師長に就任 | 経営・組織 | |
- | 改元に際し社章(TKSマーク)制定 | 経営・組織 |