※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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大正3年(1914) | - | 【渋沢栄一】東北九州災害救済会創立、副総裁。合資会社国際通信社設立、相談役。日中経済界の提携のため中国訪問。財団法人国産奨励会設立準備委員総代、顧問。〔74歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
3月 | 富山栄市郎、東京市浅草区松葉町の河野玩具製作所(親方河野貢三)に奉公 | トミーの歩み | |
3月 | 大正博覧会に金属玩具・教育玩具など約3,000種展示 | 業界事項 | |
3月 | 大正博覧会、上野公園で開催 | 一般事項 | |
7月 | 第1次世界大戦始まる | 一般事項 | |
12月 | 東京駅開業 | 一般事項 | |
- | 子供たちの間に戦争ごっこが流行し、戦争玩具の製造盛んになる/セルロイド玩具の製造盛んとなり、ドイツ玩具に代わって世界市場へ進出 | 業界話題商品 | |
大正8年(1919) | - | 【渋沢栄一】アメリカ合衆国政府より日米船鉄交換争議の仲裁人を委嘱される。財団法人協調会創立・副会長。〔79歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
6月 | ベルサイユ講和条約調印 | 一般事項 | |
8月 | 高島屋・松屋・白木屋、百貨店を開業 | 一般事項 | |
- | 富山栄市郎、河野玩具製作所の仕事一切をまかされる | トミーの歩み | |
- | 大阪に印刷・製缶・玩其製造の一貫作業を行う輸出専門工場誕生 | 業界事項 | |
大正12年(1923) | - | 【渋沢栄一】日本無線電信株式会社創立委員。大震災善後会創立・副会長、帝都復興審議会委員。〔83歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
4月1日 | 富山栄市郎、河野玩具製作所の年季あける | トミーの歩み | |
9月 | 富山栄市郎、関東大震災後河野玩具製作所を辞める | トミーの歩み | |
9月 | 関東大震災で東京市の玩具工場の大半が焼失、金属玩具の生産高は前年の6分の1以下(9万4,300円)に激減 | 業界事項 | |
9月 | 関東大震災 | 一般事項 | |
大正13年(1924) | - | 【渋沢栄一】財団法人日仏会館創立・理事長。東京女学館・館長。〔84歳〕【竜門社】財団法人竜門社となる。 | 渋沢関係略年譜 |
2月2日 | 東京府北豊島郡西巣鴨町西巣鴨に富山玩具製作所を創設(資金1,000円、フートプレス=ケトバシ2台・プレス機1台設置) | トミーの歩み | |
7月 | メートル法実施 | 一般事項 | |
8月 | 甲子園球場竣工 | 一般事項 | |
11月 | 東京放送局設立 | 一般事項 | |
- | ゼンマイ仕掛けの赤い競走自動車(富山玩具製作所の第1号商品) | 当社の主な商品 | |
- | パリ万国博覧会に博多人形を出品し入賞 | 業界事項 |